開戦、その103~迷宮攻略、閑話①~
「あれは俺も注目していた。妙な奴がいると思ってな」
「・・・見栄を張らないで、おじさん。迷ってうろうろしていたら、たまたま見かけたんだよね?」
「どうやら、意識が朦朧としているようだ。寝言だろう」
そう言い張ろうとしたドラグレオの頬を、ミコトがつねった。どうやらミコトの言い分の方が正しそうだが、それ以上は何を言う余裕もなかったようだ。ドラグレオはめげずに続けた。
「ともあれ、俺は気付いた。山を飛び越え、谷の底に飛び込み、道なき道を行きながら、人間のような人間でない連中が住む小さな村が沢山あることに気付いたのだ。どこもかしこも、人口は200人から多くて300人と少し。外界からは隔絶され、自給自足を営むその村々は世捨て人のようであり、それは人ではないのだと」
「――つまり、それが人形か。今この戦争に参加している、大多数の兵士だと」
「今外で何が起きていたかは、アノーマリーが目覚め、パンゲロスの視点と知識を得たから知っているだけだが、おそらくはそうだろうな。だが、その村に出入りする連中を見た。それは――」
「俺と同じ、黒い鷹か」
「そうだ。それも複数」
その言葉を聞いた時、ヴァルサスは思わず目を瞑って空を見上げた。そして大きくため息をつくと、言葉を繋いだ。
「やはりそうか。想定していた中では最悪だな」
「だが、想定していたのか?」
「ああ、想定はしていた。俺はいつも、相手が俺のことを知っていたらどうするかという視点で見ている。魔王は合成生物で実験体。能力を試すためにぶつけるなら、当然その相手となる連中は選ぶだろう。そうなれば当然魔王と戦えるほどには強く、死んでも替えがきいて、なおかつその理由を深く追及されない相手がよくて、さらに行動を制御できればなおよしだとは思わないか」
「まぁ、そうだな」
「その視点で考えれば、当然我々のところに間諜の類を潜り込ませるのは必然だ。最初はゼルヴァーやルイがそうかとも疑ったが、どうやら違うようだ。確認するぞ、ドラグレオ。お前が見たのは男ばかり4人と、1人の女の計5人だ。合っているか?」
「ああ、そのとおりだ」
「ならばいい」
ヴァルサスは力強く頷いた。その返事が意外だったドラグレオ。
「いいのか?」
「ああ、大丈夫だ。それぞれ対策は打ってある」
「どちらも相当な強敵だ。おそらく、俺らの中にいたサイレンスとは比較にならんぜ?」
「それでも大丈夫だ。奴らの相手は俺ではないし、俺には他にやることがある」
ヴァルサスはべルノーの死体の傍によると、その傭兵としての認識票を受け取った。ダンダの認識票は既に塵と還ったようだ。そのことにミコトが気付くと、申し訳なさそうな表情をした。
「あ・・・ごめんなさい。私の力で、認識票まで塵に」
「それも仕方のないことだ。ダンダのことはギルドが知らずとも、俺たちが覚えておけばいい。奴は、得難いほど素晴らしき仲間で戦士だった。敵であるアノーマリーですら、そう認めていたようだ」
「ああ、俺もアノーマリーを通じてだが、そう感じているぜ。お前と殴り合った時と、そう変わらないほど熱くなった。だから呼びかけで目が覚めたんだしな」
「そうか。ダンダの死は、無駄ではなかったな」
ヴァルサスは地面に剣を指してしばし祈ると、グロースフェルドを促した。
「転移で脱出する。べルノーを運べるか?」
「申し訳ないが、無理だ。そこのドラグレオとミコトを置いて行くなら可能だが」
「俺らのことはなんとかする――と言いたいが、正直オド不足だな。しばらくは普通の人間と大して変わらん能力しかないぜ」
「なるほど――では発想を変えよう」
ヴァルサスはある提案をした。その発想に驚くドラグレオとグロースフェルド。
「お前、中々狡いことを考えるな」
「そうか? 使える者は有効に使う。俺は傭兵だからな」
「悪くない。そこなら俺の誘導で転移できるだろう」
「ただし、失敗したら自力で出ないといけなくなりますよ?」
「俺の提案に乗るのは嫌いか?」
「まさか。いつも面白すぎてワクワクしていますよ」
グロースフェルドが苦笑いしながら転移魔術を起動した。ヴァルサスはべルノーの亡骸を横目にしながら、ただ心の中で己の無力を悔いた。だがそれを表に出すことは、彼は決してしない。今はまだ、その時ではないからだ。
これから先、このままではもっと多くが死ぬ。その予感があるからこそ、今はただ止まることなく、剣を振るう覚悟を決めていた。
続く
次回投稿は、10/18(火)22:00です。