開戦、その101~迷宮攻略、???戦⑦~
「ギャキッ!?」
声にならない悲鳴を上げたのはアノーマリー。ダンダも閃光で一瞬視界を塞がれたものの、必殺の間合いを確信していた。べルノーがたどり着いた境地、それは転移魔術と爆発の魔術の合成。少ない魔力しか持たず、自身の能力を魔術の制御に大半の時間を割き、そこに台頭してきた理魔術の理論を用いて独自に製作した、ベルノーだけの独自魔術。
それは、小規模の爆発を起こし、その範囲に巻き込まれた全てをあらぬ場所に転移させてしまう魔術だった。つまり、食らえば回避不能の絶対的な死を意味する。
だから、目を開けた時に見えた光景が信じられなかったのだ。
「べルノー?」
「・・・ぬかったわ。まさか、転移の魔術を咄嗟にぶつけるとは、な」
べルノーの体の左半分がなくなっていた。どうやらアノーマリーが咄嗟に相殺した結果魔術が拡散し、一部がべルノーに直撃したようだ。そこまで狙ったかは不明だったが、致命傷になった。べルノー目から光が失われ、力なく崩れ落ちる。
ダンダは駆け寄ろうとして、止めた。まだアノーマリーの死を確認していない。ふと上を見れば、そこには衝撃で宙に浮かぶアノーマリーがいた。下半身は既に無くなっているが、かろうじて腹に浮かべた頭は無事だったようだ。
「・・・危ないじゃないか! 冷や汗かいたぞ、本気で!」
転移魔術を得意とするアノーマリーをして、今までになかった魔術の発想。まさか爆裂の魔術を意図的に小規模に制御することで効果範囲を安定させ、そこに転移魔術を上乗せするとは。魔術制御と魔術の再現性に、余程の自信がなければできないことだ。なにせ、使う場所、時間、星や月の運行次第で左右される魔術を、完全に再現するのは本来不可能だ。そのはずなのに魔術理論を構築し、わずかな誤差を修正して寸分たがわぬ魔術を再現してみせた。
それは才能ではなく、妄執の産物に違いない。アノーマリーは崩れ落ちたべルノーに向けて、その執念に賛辞を送った。たしかに、矮小で老練で、それでもなお諦めることを知らぬ魔術士でなければできなかったろうと。咄嗟に転移魔術を放ちそれが上手く相殺してくれたが、さらに上に跳んでもなおこの被害。
もし転移が得意な自分でなければ、ドラグレオの肉体の跳躍力がなければ。他の黒の魔術士とて、いやオーランゼブルとて死んでいた可能性は十分にあった。
「なんて奴だ、とんだ魔術士じゃないか! ここまでの魔術士が野にいるとは――」
「アノーマリー!」
空中に漂ったままのアノーマリーは、既に下半身の再生を始めている。ドラグレオの生命力があれば再生は間もなく行えるし、それまでは宙をゆらゆらと漂いながら、存分に頭に血の昇ったオークをからかってやるつもりだった。どれだけ必死に筋肉を隆起させて渾身の一撃を構えても、無駄にしかすぎないと。
だが、アノーマリーは下に引っ張られる力を感じてはっとした。あの魔術は全てを転移させる。そう、空気さえも。空気がなくなればそこは真空となり、周囲の物体はそこに引き寄せられるは道理。そのことをアノーマリーは理論として知っているが、このオークが経験として知っていてもおかしくはない。
アノーマリーは焦った。ドラグレオの肉体は致命傷を感じとって、自動的に再生を始めている。その間、他の魔術が使用できない。いや、できなくもないが現状そこまでの制御ができないことに今気付いた。つまりはなすすべもないまま、素の体の強さでダンダの渾身の一撃を受けるということだ。その結果がどうなるか、想像するのは簡単だった。
「ちょ、ちょっと待って! まだこの体の制御に慣れていなくて、今は本当にまずい――」
「受けろ、俺たちの一撃だ!」
「げえっ!」
アノーマリーは無様な声を出したことを自覚したが、本当に無策だった。だからせめて筋力だけは全開にしようと思って、不細工にも両腕で自分の頭をかばうのが精一杯だった。だから、ダンダが念のために予備として持っていた2本目の大刀が砕け散った意味がわからなかった。
「・・・なん、だと?」
「・・・は? ああ、そういうことか」
やったのは無意識化のミコト。ダンダの武器が一瞬で腐食し、手元から砕け散った。それどころか、ダンダそのものの腕までもが一瞬で腐食し、その範囲は一瞬で肩口にまで及んだのだ。
「ぐわぁああ!」
「えげつないね、自分が乗っ取っておいてなんだけどさ。さすが死を操る御子、武器の死も生物の死も、同等か」
アノーマリーは理解した。どうしてドラグレオがミコトの傍にいたのか、いや、いることができたのか。それはドラグレオが常時膨大な生命力を使って体を再生させ続けたからこそ、ミコトと普通に接することができたのだ。
何があったかはアノーマリーもまだ完全には理解していないが、ミコトは致命傷を負った。その傷を治すべく、ドラグレオはミコトの損傷した重要臓器を自らと合体させ、その生命を繋ぎ止めた。つまり、魔王を作製する時に使用する生命維持装置のようなものを自らの肉体を利用して即席で造りだしたのだ。恐るべき知識と直感、そして応対力。アノーマリーは感心し、称賛した。ドラグレオの知識や魔術制御は、たしかに自分よりも遥かに上だと。
そしてそれが皮肉にも自らの生命を削り、力のあらかたを失わせていることにも。
「道理でボクが今更出てくることができて、ドラグレオ本来の力を感じないはずだよ・・・さっきのパンゲロスを取り込んでも、大した足しにならなかったのはこういうことか。そこまでこの少女が大事なのかね? いや男気かな、単純に・・・だって、馬鹿だもんね。それにしちゃあ良い馬鹿だけど、ボクに乗っ取られるなら本当に馬鹿じゃないか・・・」
アノーマリーが瞬間切なそうにしたのを、ダンダは確認する余裕がなかった。一瞬で両肩まで失ったダンダは、それでも突撃した。手ごろな石を蹴り飛ばしアノーマリーの視線を自分に向けると、そのまま自分ごと突撃したのだ。この巨体そのものなら、一瞬で腐り落ちることはないだろうと。何もドラグレオの体を消滅させなくてもいい、アノーマリーの頭部だけでも――そう考えて、アノーマリーの顔がドラグレオの内部に潜り込んだ時は、一瞬で目の前が真っ暗になった。
「な・・・に?」
「お前は本当の馬鹿か? 細胞レベルで融合しているんだぜ? たまたまここに顔を出しただけで、この顔を叩いても意味がないんだっつーの」
アノーマリーの顔が左肩に浮かび、憐みの目をダンダに向けた。ダンダは絶望し、怒りに満ちた表情をしたが、そのダンダをアノーマリーはもうからかいはしなかった。
「よくやったよ、キミたち。ボクが勝ったのはただの偶然さ、認めるよ。せめて楽に死なせてあげよう」
「・・・そうだな、やることはやった。間に合ったからな」
「何?」
ダンダは塵と消えながら、その表情は穏やかだった。霞んだ視界の先に、確かに黒い鷹の象徴たる男が到着したのを確認しかたらだ。それはすなわち、自分の愛する人の生存を意味する。
ダンダは、べルノーのことを父と呼んだことを思い出した。もうそろそろ歩くのに杖が必要そうだと冗談を言われ、ダンダは真面目に杖の代わりに支えて歩いてやると答えた。今がその時だと理解し、死出の道に旅立つべルノーの傍らで支えてあげようと考えながら。
続く
次回投稿は、10/14(金)23:00です。