開戦、その100~迷宮攻略、???戦⑥~
ダンダは背後の気配が薄くなるのを感じながら、べルノーの意図を察していた。かつてアルフィリースと戦った時もそうだったが、集団戦で強敵と戦う時にはべルノーは自らの気配を消していく。大魔術を使うには時間がかかるし、発動までは気配を悟らせない方が有利なのは確かだ。
ダンダはアノーマリーと打ち合いながら、その意識がこちらに向くように自然に誘導する。
「お前、ドラグレオの体を乗っ取ってもこの程度か!? やっぱり本職が魔術士じゃあ、せっかくのドラグレオの体も持ち腐れだな!」
「言うじゃないのさ! ちょっとぐらい接近戦が得意だからって、粋がるなよ!」
アノーマリーの攻撃の回転が上がった。それだけではない、アノーマリーの攻撃が一撃ごとに洗練されていくのをダンダは感じていた。アノーマリーが天才的な頭脳を持っているとことは知っているが、戦い方まで天才だというのだろうか。いや、違う。この男は戦い方を知っているのに使ったことがないかのようだった。見取り稽古を飽きるほどしてきた可能性はあるが、それでもそれらがすぐに実践に活かせるようなら、それはやはり天才の類だろう。
ダンダは不公平さを感じながらも、それでもアノーマリーの方が焦っていることを感じていた。自分が重ねてきた経験値は、それほど一瞬で詰まるようなものではないことを実感できたからだ。
「そうか、俺でもこの程度はやれるのか!」
「生意気なんだよ、このオーク! ドラグレオの制限のない腕力を受け流しておきながら、この程度だって? どれだけ修行と実践を経験したらこうなるってんだ!」
進化を果たして基本的な能力値が上がっていることは理解できる。だが戦闘技術だけは進化で上達するものではない。明らかに、ダンダの技術が高い。ゼルヴァーから教わった受け流しの技術。突っ込むだけのオークにはない発想の戦い方で、長期戦には役立つと言われて練習していたが、それが今役に立つ。だからこそ、ダンディの部屋から持ってきたハルバードの方が先に限界が来るのは道理だった。
ハルバードの槍先が飛んだ。その瞬間アノーマリーは得意気な笑みを浮かべ、渾身の一撃を見舞うべく右腕を振り下ろした。
「砕けろぉ!」
「お前がな」
ダンダがアノーマリーの右腕に手を添えて、勢いのままに宙で一回転させた。最初に出会った時に、ドロシーにやられた技。それを今この場で思い出した。
そのままアノーマリーの膝裏を蹴り抜くと、背後をとってアノーマリーを締め上げる。
「何しやがる、放せ!」
「放してやるさ、お前の死が決まったらな!」
「何を――」
その時アノーマリーの視界に入ってきたのは、魔力を収束させるべルノー。その掌に、燈火のような小さな炎を大事に抱えていた。その小ささの割に、べルノーは額にじっとりと玉のような汗をかいていた。
ダンダですら、一度しか見たことがないべルノーの切り札。その存在はゼルヴァーやドロシーすら知らず、べルノーの奥の手と呼んで差し支えない魔術だ。
そのべルノーの目がかっと見開かれると、魔術は放たれた。小さな燈火が、ゆらゆらと揺れながら2人に迫る。ダンダはその恐ろしさを知っているが、まだ離れるわけにはいかない。今この間合いでは、逃げられてしまうからだ。
だがその収束したわずかな魔力と、小さな燈火に思わずアノーマリーは噴き出していた。
「ぷっ・・・なんだそりゃ! そんなものを切り札として準備していたのかい? いかに矮小な魔術士でも、そりゃあないってもんだ――」
と小馬鹿に仕掛けて、アノーマリーはやめた。ダンダの表情が緊張に溢れ、汗が一筋額をつたうのが見えたからだ。
アノーマリーは瞬間的に認識を切り替えた。
「火、小さい、切り札、射出型、詠唱に時間がかかる――複合魔術だとして、何の」
アノーマリーの思考が追いつきかけた時、その燈火が大きくゆらりと揺れた。それを確認したダンダが、アノーマリーをその燈火の方向に蹴飛ばしながら身を翻した。突然の出来事にアノーマリーの体がたたらを踏んで前に出た。
「死ねぃ、不死身の百獣王と魔王製作者とやら!」
「そう簡単にドラグレオの肉体が死にますかって――これは!?」
アノーマリーが燈火の爆発に気付いた瞬間、彼らの部屋に閃光と爆音が鳴り響いた。
続く
次回投稿は、10/12(水)23:00です。