開戦、その99~迷宮攻略、???戦⑤~
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「始まったぞ、ヴァルサス」
「前か、後ろか」
「両方だ」
グロースフェルドが使い魔を通して前後両方の戦況を確認しながら、ヴァルサスとその仲間に報告した。それと同時に、ヴァルサスはレクサスとルイの方をちらりと見て足を少しだけ緩めた。
「お前ら、引き返せるか?」
「メルクリードの方に行けということか? 今更だろう」
「いや・・・残した輸送隊の方っすか」
疑問を呈するルイに、レクサスが意見する。ヴァルサスは無言で頷いた。
「イアンとメアン、それにカーラとラグウェイで普通なら十分だ。だが、今は普通ではない。前後よりも別の嫌な予感がするとは思わないか?」
「同感っす、今すぐにでも脱出した方がよさそうな感覚ですね。なんだろう、誰かまだいるのかな」
「イアンとメアンなら最悪脱出路を確保できるだろうが、それでも不安が残る。今すぐにでも脱出を始めた方がよいかもしれん」
逃げを想定して提案するヴァルサスは珍しい。全員の視線がヴァルサスに集まる。
「ヴァルサスはどうするっすか?」
「最悪、俺たちだけならグロースフェルドの転移魔術で逃げられるだろう。だが多人数は無理だ」
「なるほど、最悪のことを想定すれば私たちもいない方がよいか。だがそれで本当に大丈夫か?」
「大丈夫だとは言い切らない。だが、お前たちを別行動にした方がよさそうなのも事実だ。そろそろオシメも取れた頃だろう?」
ヴァルサスにしては挑発的な言い方だったので、思わずルイとレクサスは顔を見合わせ、声を出して笑った。おそらくは焚きつけるための一言だったのだが、言い慣れていないせいで、ひどく滑稽に聞こえたからだ。
「わかった、後方は任された」
「そちらも無事で」
「任せろ」
ヴァルサスは不敵な笑みを浮かべてルイとレクサスを引き返させると、急に表情を引き締めてグロースフェルドの方に向き直った。
「3番隊は生きているか?」
「・・・際どい、としか言いようがない」
「この気配、ドラグレオだな? だが何か違和感がある。何が起きている?」
「厄介な事態になっている。実は――」
使い魔を通して監視を続けているグロースフェルドは、状況を走りながらかいつまんで説明した。その内容を聞いて、表情が一段と険しくなるヴァルサス。
「ルイとレクサスを引き返させて正解だな。先にそれを教えていたら、絶対についてきただろう」
「だろうね。しかしどうする? 私の魔力も大半使ってしまった。これ以上戦えば、撤退の時の余力が残るかどうかは微妙なところだ」
「心配はいらない。馬鹿は殴って目を覚まさせるのが一番だ。そしてそれが出来るのは俺だけだろう」
「そう上手くいくかな」
「無理筋を通すための俺であり、それを成してきたからブラックホークはこの立ち位置にいるんだ。やるしかあるまい」
「また無茶をするのか。まぁだからこそ、私もこの傭兵団にいるのだけどね。もう、諦めたよ」
「楽しんでいるのではなかったのか」
「よしてくれ、そんな奴はこの傭兵団にはいない」
グロースフェルドの諦観ともなんともつかぬため息と共に、さらに2人は走る速度を上げていた。
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「さて、クベレーも戦いを始めたようだけど・・・実際に戦うとどうなんだろうねぇ。頭でっかちじゃなきゃあいいんだけど」
ドラグレオを乗っ取ったアノーマリーは、パンゲロスの視界をそのまま流用し、クベレーの部屋での様子を把握しながら戦っていた。パンゲロスの視界は沢山あるが、実際に確認する時には視界の半分をそちらに割かねばならず、思ったよりも便利とは言い難い能力だった。
確保できる視界は沢山あっても確認を一つ一つしなければならないとなれば、面倒でしょうがない。所詮はクベレーの劣化固体かと思いつつ、アノーマリーははため息をついた。
「ボクなら30か所くらいの視界なら同時に脳内で処理して見せるけど、普通の生物じゃこんなものかねぇ。視界が半分しかないんじゃ戦いにくくってしょうがない」
アノーマリーは不満を漏らしながらも、ダンダの攻撃を素手で捌いていた。進化したダンダの攻撃は、ドラグレオの肉体すら切り裂いた。ダンディの部屋から拝借したハルバードの切れ味は素晴らしく、ダンダの全力とドラグレオの肉体の衝突にすら耐えてみせる。
だがそれでも、一撃を骨を断つほどではない。アノーマリーはダンダの攻撃を受けてもすぐに回復するドラグレオの肉体を確認すると、雑な防御でそれらを受け続けた。それよりも視線が泳いだり、心ここにあらずといった様子なので、戦いながら何かを確認している様だった。一部攻撃への反応が遅れることからも、視界を別の何かで塞がれているようだ。
ダンダはそれらを確認すると、アノーマリーの死角に入るのではなく、むしろ正面に移動した。その動きを見ながら、べルノーがむしろアノーマリーの死角に移動する。元々相手にされている様子はなかったが、これで何をしているかはわかりはしないだろう。ゆっくりと詠唱に集中できる。
「生半可な魔術は効かぬじゃろうし、ワシのことなど大したことのない魔術士じゃと思っているじゃろうな? 当りじゃよ」
べルノーはくっ、と自嘲気味に笑った。自分でもその通り過ぎて、笑ってしまったのだ。この癖は魔術協会にいた時から変わることがない。だが――
「ワシは非才の身じゃが、諦めの悪さだけはそれなりでの。少ない魔力、特徴のなさ。そんな魔術士がどのように強敵と戦うのか、貴様に見せてやろう。魔術士の戦いは、魔力の多寡などでは決まらぬということをな」
誰にも見られぬように気配を薄くしていくべルノーが卑屈に、そして企み深く笑っていた。
続く
次回投稿は、10/10(月)23:00です。