開戦、その98~迷宮攻略、クベレー戦①~
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そのクベレーは、自身の工房と化した迷宮で全ての事態を悟っていた。自らが息子と呼んだ最強の配下が全滅したこと。自らが造りだした魔王が、ほとんど全て全滅したこと。その原因を作ったブラックホーク、そして脅威だが利用できるかもしれないと考えて保護していたドラグレオに、アノーマリーが寄生していたこと。
クベレーは自身の終焉を近くに感じながらも、逆に奇妙な解放感と清々しさを感じていた。
「なるほど、これまでの試行は間違っていたと。また一からやり直しになるが・・・これが探究者の宿命か。父アノーマリーがどれほど失敗と試行を繰り返してきたのか、もっと聞いておけばよかった。まあいい、この迷宮はもう捨てて脱出を――」
「させると思うか?」
自らを工房と化した巨大なクベレーの前に、燃え盛る人馬一体の騎士が立ちはだかった。その槍先には、工房の門番である魔王が突き刺され、今にも崩れ落ちるところだった。
メルクリードは槍先を振り払うと、その切っ先をクベレーに向けた。
「貴様がこの迷宮の主だな? その命、いただくぞ」
「君はたしか――カラツェル騎兵隊の赤騎士メルクリードだったかな。驚いた、人間じゃあなかったとは。ケルベロスやグンツをまとめて追い立てるほどには剛の者と聞いてはいたけど、これほどとは」
「お前の配下――グリブルは強かった。この姿で戦った数百年では、オーダインに次ぐ強さの騎士だった。その父である貴様はどうだ? 正しく、強くあれるか?」
「冗談じゃない」
クベレーは掃き捨てるように否定した。正々堂々の戦いを望むオーダインを前に、小馬鹿にしたようにその巨大な目を細めて歪ませた。
「グリブルに正しく戦えだなんて誰も命令していない。奴らに命令したのはただ敵を排除することだけだ。だけど配下というやつは不便でね。命令に従順にするほどに融通がきかなくなり、ちょっとした命令の不一致で死んでしまうのさ。たとえば敵を排除しろと命令すると同士討ちをはじめたり、巡回中に攻撃されたら反撃しろと命令すると崩落した穴に落ちて動けなくなって餓死したり。だからある程度自分の頭で判断できるように人間を混ぜ合わせて自我を持たせると、今度は勝手な行動をするときた。父アノーマリーが配合の指向性を決定づける因子を見つけたまではいいけど、完全に制御ができなかった理由がようやくわかったよ。それももうすぐ解決しそうだけどね」
「何?」
巨大な柱のようなクベレーの体に、様々生き物の顔が浮かんできた。それらが何かを呻き始めると、メルクリードは不快感を隠そうともしなかった。
クベレーは得意そうに語る。
「刷り込みと条件付け――生き物にとって思慕の対象となる生物は欠かせない。この私ですらある程度父アノーマリーへの尊敬と恐怖が抜けないように、おおよその生物には母や父たる存在が必要だ。生物の多くは、初めて動く物を見た時にそれに思慕の情を感じるそうだ。それが全て、私の一部なら?」
「――貴様、他人の情を利用するか」
「既に人ではない、生きてすらいない。どのみち私が攫ってきた雌を使い古して生まれた個体たちだ。どう使おうが、生みの親たる私の勝手」
「なんだと?」
メルクリードは改めてクベレーの部屋を見渡した。部屋はクベレーのサイズに合わせたのか比較的天井が高く広大な空間だったが、不要と思われる横穴や縦穴が沢山あった。何に使っているのかと思ったが、それらは侵入経路ではないはずだ。ここに至る前に、グロースフェルドの使い魔から指示があった。一番奥の部屋、他と隔離された場所こそにこの迷宮の主がいると。ならばその先の穴は一体なんなのか。
訝しむメルクリードを前に、クベレーがさも愉しそうに笑った。その柱のような体の目の傍に、巨大な口が出現したのだ。その表情は知っている者が見れば、アノーマリーそっくりだったと言っただろう。
「ゴミ捨て場だよ、炎の騎士。いや、人間なら墓とでも言うのかな? 良い声でどの雌も鳴いたからね、埋めるのがもったいなくて思い出代わりにそのままにしてあるのさぁ!」
「――成程、よくわかった。貴様は語らうのが馬鹿らしくなるほどの下衆だな。灰に還してくれる!」
怒りと共にメルクリードの体が一層燃え盛る。対抗するように、クベレーの部屋全体が揺らぎ始めた。壁から、天井から、床から。クベレーの体の全景が出現し始めていた。
「やってみろよぉ! そんな小さな体で何ができるぅ!」
「俺が貴様程度の魔王を狩ったことがないと思うか!? 貴様程度、掃いて捨てるほどいたわ!」
メルクリードが崩壊する足場を飛び跳ねるようにして、クベレーに踊りかかった。その戦いの様子を把握している者が「3人」いることを、彼らは知らない。
続く
次回投稿は、10/8(土)23:00です。