開戦、その95~迷宮攻略、???戦②~
返答に窮していると、アレは指を横に振りながら、つまらなさそうに失格を宣言した。
「ブッブー、時間切れー。まぁヒントもないし、しょうがないかぁ」
「そ、そもそもお前の体は見たことがあるだども、お前の声が違うんだな! か、顔だけはドラグレオだとしても、お前そのものの顔を見せるんだな!」
ダンダの意見に、手を叩いて納得した表情となるアレこと、ドラグレオ。ドラグレオの体で、彼が決してやらない軽薄な笑いを続ける正体不明の敵。
口元が怯える彼らを嘲笑うかのように、半月に歪んだ。
「おかしいなぁ、ボクたちって出会っているよね? 本当にこの声に聞き覚えがないかい、ゼルヴァー君?」
「なんだと?」
突然名指しされて、ゼルヴァーは返答に窮した。記憶に微かに何かが引っかかる。たしかに聞き覚えのある声だが、どこで出会ったのか。忘れてしまったわけではないのに、忘れたい記憶であることは間違いない。
ゼルヴァーはじっとりと嫌な汗をかきながら、それでも思い出しだそうとしてドラグレオの姿をした何者かが先に口を開いた。
「ダルカスの森に入る、その前。シーカー対策に、魔法が効かない鎧の兵士を預けられたろう? それを連れてきた男に、覚えはあるか? あの鎧兵士の正式名称は、カーバンクルと呼ぶんだ」
「ダルカスの森――あ」
ゼルヴァーは思い出した。そもそも胡散臭い依頼だったが、活動資金に困っている時に舞い込んできた依頼で、報酬は割高だったし信用のおける筋からの情報だったから受けたのだ。だがシーカーの魔術をどうするべきかと相談していると、紹介された魔術士があの鎧兵士を連れてきた。
魔術を受け付けず、かつある程度の命令と自律行動をとれる盾代わりの消耗品だと聞かされて、運用実験もしたいからと無料で預けられた。べルノーの魔術すら無効化したことで、使いものになるだろうと受けた依頼だった。その時、あの兵士を連れてきた魔術士は、ローブの奥で嫌な笑みを浮かべていなかったか。
今考えれば、何かおかしい依頼だった。普段は懐疑的なべルノーも、疑り深いドロシーも、何も意見をしなかった。あの時ダンダは今ほど積極的に意見をしなかったが、ダンダだけが不安を訴えていた。それをなぜ無視したのか。あの時は考えもしなかった懸念が、頭の中を巡る。まてよ、そもそもあの依頼は誰が持ってきた――
ゼルヴァーが青ざめ始めると、またドラグレオの姿をした何かがにやにやと笑っていた。
「その様子だと、思い出したようだね? 君は普段から軍事や部隊運用に関わることには慎重すぎるくらい慎重なくせに、一度信じた人間のことは無条件で信じすぎる。それで騎士の時にも痛い目を見たことを忘れたのかい?」
「――待て、なぜお前が俺の騎士の時代のことを知っている?」
「そりゃあ知っているさ。ちょっとした工作で面白いように踊った馬鹿がいるって、ヒドゥンが苦笑してたからさぁ。なのに死ぬことなく生き延びて、ブラックホークに所属した。これは使えるぞって、そういう奴は生かさず殺さず、飴玉をしゃぶるように使ってやろうって皆で話してたのさ!」
「貴様、黒の魔術士の!」
「正解!」
ドラグレオの腹のあたりから、ずるりと顔が這いずりだした。その歪んだ顔のことは彼らも知っている。
「正解はアノーマリーでした~」
「貴様、死んだのではなかったのか!?」
「ま、たしかに生き残っているのは分体のボクくらいだね。本来なら本体が死んだ時にボクも死んでいたはずなんだけどさ、覚えている人がいるかな? ドゥームの馬鹿のせいでドラグレオが暴走した時、抑え込もうとしてドラグレオに食い殺されたんだよね。ドラグレオの能力は、食べた相手の生命力を吸収し、なおかつ一部能力や知識も吸収すること。普通は食われて生き残るなんてことはできないんだけど、あの時ドラグレオは本来の自我を失っていたせいで、奇跡的にドラグレオの中で生存することができたんだよね。ま、理屈はよくわからないし、ドラグレオもボクも意図したことじゃないけど。まさに忠告どおり、腹にもたれてやったわけさ!」
「そ、そんなことはどうでもいいだ。お、お前気になることを言っただな? ゼルヴァー隊長が騎士を追われる時、お前が関係しただか?」
青ざめるゼルヴァーを背後にかばうように、ダンダが前に出た。ダンダはアノーマリーを指差しながら、問い詰める。
「そうだよ?」
「う、嘘つけ! お前みたいな見るからに怪しい奴がうろついたら、誰だって警戒するだ。お前じゃない――人形遣いがいたんじゃないのか?」
ダンダの指摘にアノーマリーは急に真面目な顔をすると、パチパチと手を叩いた。
「キミ、ボクのところのケルベロスより頭が回るんじゃない? よくわかるね、ただのオークにしておくのは惜しい。特殊進化の個体かな?」
「ひ、一つの仮定が成立するだ。アルネリア経由で提供されたギルドの情報だと、人形はほとんど決められた行動しかできない――はずだっただ。だけども、それだけで人間社会を混乱させられるほど、人間は簡単じゃないだ。当然ながら、人形を統率する意志のある個体が――つ、つまりは魔王みたいな知恵のある人形が何体かいたはずだ」
「なるほど。図らずも、魔王討伐を繰り返すことがヒントになったんだね? それらが人間社会に入り込み、直接人間を操ると」
「タ、ターラムでもイェーガーが遭遇したそうだ。ならば他にも――軍や国の上層部、あ、あるいはそれ以外の勢力にも潜り込むと考える方が自然なんだな。当然ブラックホークもその対象だとしても何もおかしくない――ク、クイエットが、3番隊の副隊長がそうなんだろ?」
その言葉にアノーマリーが可笑しそうに首を傾げた。
「面白い仮説と想像だ。それに答えてあげる義務があるとでも?」
「も、もちろんないだ。でもあの時ダルカスの森の依頼を持ち込んだのはクイエット副隊長で――金銭的に困ったのもクイエット副隊長側の部隊の消耗のせいで、そこに渡りに船とばかりに旨い話が降って湧いただ。皆クイエット副隊長を信頼してただが、オデが信頼するのはゼルヴァー、べルノー、ドロシーだけだ。疑念を持って考えれば、それがぴたりとはまることもあるだ」
「なるほど。それだけかい?」
「――剣の風」
その言葉に、全員がぎくりとすると同時に、アノーマリーの表情が急に冷え込んだ。そしてダンダは何か確信があるように言葉を紡いだ。
「ク、クイエットが剣の風なんだろ? お、思えばダルカスの森の時にも、率先してシーカーを狩って回っていたのはクイエットだ。あいつが人形遣いサイレンスの本体で――6番隊のファンデーヌもそうだな? お、お前たちは黒の魔術士に所属しながら、最初からオーランゼブルとは別の意図をもって活動していた。ち、違うだか?」
「――お前、危険だね。認識を改めよう」
冗談めかした口調がなりを潜めると、ぶわり、とアノーマリーが乗っ取ったドラグレオの体から殺気と魔力が立ち上った。アノーマリーがゆっくりと手の骨を鳴らしながら動き出す。その様子を見て、ダンダが勝ち誇ったように笑った。
「カ、カマをかけてみるもんだな。その態度が何より雄弁に真実を語るだ」
「ただの妄想にしては、出来過ぎているよお前。よく踊る馬鹿の部隊だと思っていたけど、もう笑えないね。お前だけの発想じゃないだろ。言え、誰が真実にたどり着いた?」
「さ、さぁ。誰だろうな? それこそ答える義理が、あ、あるとでも?」
その瞬間アノーマリーの姿が突然大きくなるように飛びかかってくると、振り下ろされた拳をダンディが受け止めた。
「こっちを放っておいて、何を勝手に盛り上がっているんだねぇ?」
「脇役は引っ込んでいてくれるかな? 先にこいつらを潰したら相手してあげるよ」
「そういうわけにはいかないんだねぇ」
ダンディの両腕の筋肉が盛り上がると、アノーマリーを殴り飛ばした。ドラグレオの肉体よりもさらに上回るダンディの体で殴りつけたので、両腕でガードしてもなお壁近くまで吹き飛んだ。その威力にアノーマリーは多少驚きながら、両腕を痛そうに振っている。
ダンディは3番隊とアノーマリーの間に割って入るように立ちはだかると、一つ大きく深呼吸した。
続く
次回投稿は、10/2(日)23:00です。