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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その94~迷宮攻略、???戦①~

***


「グロースフェルド、どうだ?」

「達成率は8割ってところだね。最深部までもう少しだろう」

「では半刻もかからないな?」

「それは間違いなく」


 引き上げてきたヴァルサスの言葉に、瞑想にて集中していたグロースフェルドがうっすらと目を開いて答えた。

 カーラが高速で作り出す使い魔を使役し、グロースフェルドはこの迷宮の地図を作り出そうとしていた。安全を確保できた通路には輸送隊の面子と資格を共有させた使い魔を飛ばし、同時に地図作製を複数行わせる。

 さらに使い魔にラグウェイの発破や爆発魔術を搭載することで、索敵、敵の撃破、地図作製、掘削なども同時に行う。常人とは比較にならない魔力量を持つグロースフェルドだからできる、離れ業である。

 おかげで一度引いて陣地を作成してからは、彼らは安全かつ迅速に迷宮の全容を把握しつつあった。この迷宮はここまである程度の分かれ道がありつつも基本一本道に近かったが、強力な魔王が出現する区画に入ってからは罠や分かれ道が満載の、まさに迷宮と化していたのだ。

 出現する敵の強力さ。そして余力を考えたグロースフェルドの決断である。明日以降戦う力が残らなかろうとも、ここで敵を全員潰す。これ以上犠牲を出さないためにグロースフェルドの出した決断であり、そしてヴァルサスもそれを尊重した。


「ただ一つ問題もある」

「なんだ?」

「この陣地は敵の退路を断っているわけではない。敵がこの迷宮から全力で逃走すれば、追う術はない」

「さすがにこの迷宮全てを、使い魔で把握することは不可能か?」

「そこまで私も化け物じゃない」

「なるほど。では本来の経路を確保することにお前の魔力を割いてくれ。そのくらいは余力があるだろう?」

「おそらくは。万一確保した脱出路が使い物になりませんでした、では意味がないからね」

「そういうことだ」

「レクサスはどこだ?」


 ヴァルサスと共に引き上げてきたルイが、周囲を見渡した。丁度そこに、ヴァルナを抱えたレクサスが引き上げてきた。

 いつもと違い、神妙な表情で大切そうにヴァルナを抱えるレクサスを見て、いつもの口がきけるのはルイくらいだったろう。


「おい、レクサス。何かの冗談か?」

「・・・俺が冗談を言うとしても、ヴァルナの姉さんは言わないでしょ」

「まさか、死んだのか」

「ええ、自分の財産の在処を言い残して。敵は仕留めましたが、助けられませんでした」

「犠牲にしたのか?」


 躊躇なくこう問いかけられるのは、付き合いの長いルイだけだ。だがレクサスは力なく首を横に振った。


「そのことも考えましたが、助けようとして無理でした。敵は強かった。ベッツの爺さんみたいに上手くはいかなかったです」

「そうか。嘘を言っていないことはヴァルナの傷を見ればわかる。後ろから頸動脈を斬り裂いている。どのみち致命傷だったろう」

「死んでさえなければ、そこの変態神父がいたのに」

「おやおや、私を何か万能の術士と勘違いしていないかな? 大量出血ではいかなる魔術も意味がないこともある。それでもアルネリアの回復魔術は何とかするかもしれないが、だからこそいびつだと思うんだけどね。ヴァルナはそんな手段で命が助かることを良しとしないさ」

「そうですか?」

「そうだ」


 ヴァルサスがグロースフェルドの言葉を肯定した。


「それに責任があるとしたら俺にある。ヴァルナは半ば引退していた。今回の依頼も乗り気ではなかった。勘が鈍っているだろうから、できればやりたくない、足を引っ張るかもしれないと。なのに無理を言ったのは俺だ。だから報酬も割増とし、夫の了解もとった。子どもたちももう、幼くはない。いずれこうなることを、ヴァルナ自身が予測していなかったわけじゃない」

「わかってます。わかってますけど――」

「変わったな、レクサス。ベッツに似てきた」

「へぇ?」


 ヴァルサスの言葉に、レクサスは変な声で返事をした。褒められたかどうか、わかりかねたからだ。

 ヴァルサスはそんなレクサスの気持ちがわかるとばかりに頷きながら続けた。


「ベッツもまだ俺が成人前の頃は、頼りのないお調子者だった。剣の腕は冴えていたが、あちこちで失敗をしては他の団員に怒られていた。ゼルドスも真面目な方じゃなかったが、ベッツのせいでゼルドスがお目付け役のようになってしまった。ベッツが強くなったのは過酷な戦場のせいだけじゃない、幾多の仲間が死んでいったことを乗り越えたからだ。お前は強くなるさ、レクサス」

「ベッツのじいさんが・・・いや、今もお調子者ですけどね」


 レクサスの一言で台無しになりかけたが、おかげでレクサスは切り替えられたようだった。そしてヴァルナの遺体は輸送隊が丁寧に布でくるむと、背負いやすいような体位を取らせ、担いだ。

 全ての使い魔を掘り終わったカーラが、ヴァルナの遺骸を優しく撫でる。


「可能な限り地上に送り届けよう。ただ遺体の腐敗は早い。数日で戻れなかったり、我々の邪魔になるようなら残念だが置いて行く。それでいいな?」

「無論だ」

「ヴァルナには世話になった。ブラックホークの依頼以外でも共に戦ったことがある。荼毘に付したら、可能な限り家族の元に届けるさ」

「頼む」

「そういえば、3番隊もいないね?」


 双子の魔術士、弟のイアンが尋ねた。姉のメアンと共に周囲を見渡すが、その姿がない。グロースフェルドが彼らの居場所を答えようとして、その表情が俄に曇った。


「・・・ヴァルサス、あまりよくない」

「どうした?」

「先ほどまで彼らは強力な魔王と交戦していた。そして一度倒し、復活した相手に誘導されるようにして行き止まりの部屋に入った。おそらくは敵の拠点の一つだが、すぐに戦うわけではなくやり取りがあるようだった。べルノーは冷静だったし、通った道がわかるように使い魔を残していたが、それらが全て消えた。敵の気配ごとだ」

「つまり?」

「転移魔術で未探索地域にまで飛んだ可能性が高い。敵の気配は強大だ。おそらくは先ほど君たちが戦っていた魔王より、遥かに強い」

「どこに行くべきだ?」


 グロースフェルドが促すと、現時点で作成された地図が彼らの中央に広げられる。そこに示される未踏破地域は2つ。


「丁度ここから反対になる。メルクリードは既にその一つに向かったようだ。このまま敵を蹴散らしながら最奥まで本能で行くつもりだったようだが、使い魔を飛ばして彼を最奥に誘導する。我々は、もう一つの方に向かうべきだ」

「どちらにいるかは、運か」

「そのとおりだ」

「グロースフェルド魔力を温存していろ。かなり厄介な事態になると思うぞ」

「勘かい?」

「ああ」


 ヴァルサスは多くを語らぬまま、走り出した。ヴァルサスが走るということは、それなりに切羽詰まった事態ということだ。ヴァルサスがこうまで急ぐには彼らの記憶にも滅多にない。

 黒い鷹は、無言でヴァルサスに続いた。


***


「なんだね、これは?」


 真っ先に意外そうな声を上げたのは、ダンディ本人だった。彼の目の前には、異形と化したパンゲロスの死骸。そして、いるはずの「アレ」の姿がないこと。

 何が起きているのか全く理解できない3番隊だったが、彼らを気遣う間もなくダンディは怖気を感じた。視界の端に、アレが腕を組んで立っているのが見えたからだ。


「やれやれ、男なら一度は大きな体に憧れるものだけど、この体はいかんせん巨大すぎていけない。色んなものが扱いにくいったらないね」

「誰だね、お前は。その体から想像される声と性格が、違い過ぎるね?」

「当ててみたら? さぁ、ボクは誰でしょーか?」


 へらりと、厳めしい顔の巨漢の口元が歪んだ。だがしかし、一見軽薄にしか見えない笑い方が彼らに与えるものは、恐怖と死の予感でしかない。ダンディをもってして、焦っているのがわかるほどの威圧を放っていた。



続く

次回投稿は、9/30(金)24:00です。

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