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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その92~迷宮攻略、ダンディ戦③~

「淹れてやろうか?」

「うん? 淹れ方がわかるんだね?」

「女の嗜みってほどじゃないが、まぁせっかくだ。良い物があるなら使わない手はない」

「お願いするねぇ」


 ドロシーが慣れた手つきで茶を淹れ始めたので、これにはゼルヴァーが驚いていた。


「お前、そんなことができたのか?」

「出来ちゃ悪いか?」

「いや、そういうわけじゃないが」

「良い兵士は趣味を沢山もつんだろ? それに、誰がこの部隊の料理番をしていると思ってるんだ。本を読むのは苦手だけど、体を動かすことは全般的に好きでね。ちょっとずつべルノーに聞きながら、勉強していたのさ」

「そうだったのか」


 多くはドロシーとダンダが料理番で、ゼルヴァーはそういえば楽ばかりしてきたなと思い返していた。

 そうしてできた茶を、ダンディは大きな手で器用に飲んだ。その仕草が3番隊の誰より優雅で、べルノーはその瞬間に敗北を悟った。


「(勝てんな・・・素材や強さ云々ではなく、一つ一つの物事に多する執着がワシらとは違う。魔術協会での闘争に敗れたワシ、世渡り下手のせいで罪を被せられ騎士を追われたゼルヴァー、自ら傷を厭わぬ凶暴な戦い方で強くなったが連携に難があるとしてはみ出したドロシー、そしてオークだからと嫌悪されたダンダ。この中でダンダだけが将来的にこのダンディと戦える可能性があるが、いかんせん精神的にワシらでは勝てそうもないわ。生かすならダンダにすべきか。せっかくドロシーが時間を稼いでくれたのに、さほど結末は変わりそうにないのう)」


 べルノーはその時が来れば死を厭わず魔術を暴走させてでも、と思っていたが、それすら無駄になりそうな相手を見て、自分の限界を悟った。思えば、ここまでいつも死に物狂いの努力をしてきたのかと自分に問いかければ、そうではないと思えてしまう。

 だがなんとしても自分以外の3人は生かして見せると、先ほどから策を練っていた。


「ダンディとやら、お茶請けはないのかね?」

「さすがに洒落たものはないねぇ。こんな山奥じゃあ、おおよそのものは保存が悪くて腐ってしまうねぇ。乾物くらいなら何かあったかもしれないけどねぇ」

「それでよいわ。これでは腹が減って戦えるものも戦えんわ」

「我儘なじいさまなんだねぇ」


 ダンディは油断なく立ちあがると食べ物を探しに向かい、その間にべルノーは貧乏ゆすりを二度ほどした。その意味するところは、時間稼ぎをしろということ。残りの3人は目ざとくその合図を受けると、それぞれ何事もなかったかのように存分に茶を堪能した。

 そしてダンディが出した乾物を口に含むと、それぞれ立ち上がる。


「さて、せっかくだ。得物を選ばせてもらおうか」

「存分に選んでくれたまえ。どうせここに邪魔者は来ないねぇ」

「邪魔?」

「パンゲロスの奴が、使い物にならない魔王のなりそこないを全部解き放ったねぇ。普通ならここにも到達するだろうけど、吾輩のいるここには絶対に来ないねぇ。本能で強い者を嗅ぎ分けるからねぇ」

「へぇ。そんな本能がぶっ壊れている奴はどうするのさ?」

「ああ、そういう可能性もあるかねぇ。だけどねぇ」


 ダンディが飾ってあった手斧を、入り口に向けて放り投げた。凄まじい勢いで投擲された斧は、入り口の上にぶつかると、岩盤ごと入り口を崩落させてしまった。

 その結果に、ダンダ以外の全員が青ざめた。べルノーはここにグロースフェルドを始めとした救援が来ることを期待していたのだが、これでは時間がかかり過ぎてしまう。


「これで誰も来れないねぇ」

「馬鹿な、これではお前も――」

「戦いが終わればゆっくり瓦礫をどかすか、隠し通路で出ればいいねぇ。でも隠し通路の位置はわからないよねぇ?」

「そ、そうまでして戦いたいだか? お、お前には文化を愛でるだけの知性もあるだ。何も戦いだけが――」

「そうだねぇ、愚かな選択だと思うねぇ」


 ダンディはゆっくりとカップを置くと、丁寧にドロシーに向けて礼までしてみせた。そのダンディから、ゆっくりと殺気が立ち上っていく。


「だけどねぇ、自分の原点を忘れたことはないんだねぇ。吾輩は戦うべくして生まれた魔王。戦いこそが我が人生、鍛練と戦闘こそが我が欲求。そこに蓋をすることはできないんだねぇ。いつか個体としてもっと成長したら違う要求もあるかもしれないけどねぇ、今は自分の何たるかに忠実でいたいんだねぇ。さ、武器は選び終わったかねぇ?」

「わ、わかった。もう語る言葉はないだな」


 ダンダは一際大きなハルバードを手にした。その全身の筋肉が隆起し、体が上気して真っ赤になっていく。どうやら覚悟を決めたようだ。


「ち、ちょっとばかり乱暴に暴れるべ。オデに近づかないでほしいんだな」

「ダンダ、あんた」

「オ、オデはダンディの言うことがちょっとわかるんだな。オデは馬鹿だから、本当にちょっとだども。本能に忠実でいたいってのは、その通りだと思うんだな」


 ダンダがふっと優しい目をドロシーにしたが、それは一瞬のことで、すぐに戦闘に燃える赤い瞳へと変化した。だがその瞬間、地面が急に輝き出したのだ。


「む? これは――転移魔術か?」

「なんだね? 緊急避難の魔術なんて、起動させてないんだけどね!?」

「じゃあこれは誰が――」

「まさか、パンゲロスの奴かね? でもパンゲロスの気配が消え――なんだね、これは!?」


 ダンディの瞳が驚きに見開かれたと思うと、転移魔術が起動した。その直後、閉鎖空間となったはずのダンディの部屋に残っている者は誰もいなかったのだった。



続く

次回投稿は、9/26(月)24:00です。

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