開戦、その91~迷宮攻略、ダンディ戦②~
「すまないね。君たちを侮っているつもりは決してないんだね。ただこの姿になると、ただ筋肉で圧倒してしまうものでね。あらゆる武器もほとんど受け付けないし、魔術耐性も高い。要は勝負にならないんだねぇ」
その視線がちらりとべルノーの方に向けられる。べルノーは先ほどから大規模魔術の準備を密かにしていた。だがそれも暗に効かないと諭され、悔しさを悟られないように帽子を目深にかぶり直した。
一方、ダンダは残念そうなダンディを思いやるように声をかけた。
「つ、つまり、面白くないってことだな?」
「イグザクトリィ」
ダンディが指を鳴らして答えた。その目は我が意を得たりとばかりに輝いている。
「勝ちがわかった勝負ほど面白くないものはないんだねぇ。そういう点ではグリブルと同じく、吾輩は血沸き筋肉躍る戦いがしたいんだねぇ」
「わ、わかるべ。お前の筋肉は、戦いのために鍛えられたものだった」
「その通りなんだねぇ。先ほどの姿は元来、それほど大きくなくってねぇ。必死で鍛えた結果がああだったわけさ。変身後の姿が鍛錬に伴って肥大化したのは、なんとも皮肉だがねぇ」
「正々堂々がよかったべか。で、これからどうする?」
ダンダの言葉に、ぴんと空気が張り詰める。つまり、ダンディがその気ならここにいるア三番隊の面子は一瞬で潰されることになる。ダンディはここまで真摯に戦ってきたが、敵であることに変わりはない。既にこの姿が圧倒的だというのなら、正面から戦う必要などないのだ。
ダンディは整えた髭をさすりながら、ふーむと唸る。
「敵は駆逐すべき――なんだけどねぇ。正直迷っているんだねぇ」
「迷う?」
「傲慢でもなんでもなく事実として――君たちは吾輩に勝てないんだねぇ。いや、吾輩が兄弟の中で最強だから仕方ないんだけどねぇ。他の兄弟が2回しか変身できないのに対して、吾輩は3回できるしねぇ」
「3回? つまり――」
「あと2回致命傷を食らっても、より強くなって再生できるんだね」
その事実に3番隊が青ざめる。先ほどでぎりぎりで、今全員の力を結集して刺し違えられるかどうかというところかと、探っていたところだ。それがあと2回復活するとなると――ここで死力を尽くす意味がない。
脅しをかけたようで申し訳ないと思ったのか、ダンディが弁解のように続けた。
「吾輩の望みは先ほど言った通り、血沸き筋肉踊る戦いなんだね。それさえ果たされるなら、父クベレーの命令なんて正直どうでもいいことに気付いたんだねぇ」
「それで、弱っちい私らを見逃してくれるってか?」
「条件次第だねぇ」
ダンディが後ろから猛然と迫ってきた魔王らしき生物を、裏拳一撃で壁に叩き潰してしまった。その圧倒的な破壊力に、洞穴が揺れる。
「吾輩の領域に、もうちょっとマシな武器があるんだねぇ。そこで吾輩相手に戦ってくれるなら、今すぐ殺すなんて無粋なことはしないんだねぇ」
「な、なるほど。今すぐ戦うよりは、め、目がありそうなんだな。オデの武器は壊れたしな」
「そうだねぇ、本当なら武器なんか捨ててかかってきてほしいんだけどねぇ。体格の差はそのまま凶器だからねぇ。これじゃあ対等な条件とは言えないんだねぇ」
「はっ、紳士でも気取ってるのか?」
「本当の紳士がどういうものかはわかっていないけどねぇ。吾輩の元になった人物はそれなりに高潔だったようだねぇ。人間も、魔物も。その影響が吾輩にも出ているんだけなんだねぇ。でも、造られた魔王としての本能と要求には逆らえないのが、なんとも悲しく非紳士的だねぇ」
困ったような表情をしたダンディに憐れを誘われて、思わずドロシーは黙った。そのドロシーの肩を優しく叩くと、ダンダは頷いてダンディに案内を促した。
ダンディは自分の領域の場所は間違えることがないのか、それともたまたま近かっただけなのか、すぐに彼らはそれなりに広い空間に出た。そこは小洒落た調度品が並び、中央へとすり鉢状に降っている、ちょっとした闘技場のような場所だった。壁にかけらている武器はどれも見事な武器で、思わずゼルヴァーもダンダも目を奪われていた。
「これは・・・逸品揃いだな」
「ああ、よくもこれだけの武器を集めたもんだな」
「それに、茶器も良品じゃぞい」
「それだけじゃないさ、茶そのものも品質がいい。まさか、淹れ方にもこだわっているのかい?」
口々にダンディの部屋の物に感心する3番隊を見て、嬉しそうにダンディは微笑んだ。
「わかってくれて嬉しいねぇ。他の兄弟じゃあそこまでわからなくてねぇ。是非ともこんな狭い穴倉を出たら、雅な人間の分化を堪能したいんだねぇ」
「に、人間を皆殺しにしてだか?」
「まさか? 最低限の犠牲で屈服してくれれば、殺す理由なんてないねぇ」
「やはりご、傲慢な物言いなんだな」
「君は自分が奇跡的に仲良くやれているから麻痺しているようだがね、本来人間と異形は相容れないものなんだねぇ。少なくとも、仲良くできるようになるまでには軋轢が生じるものなんだね? その犠牲を最少で押さえようと言う吾輩の発想は、何かおかしいかねぇ?」
あくまで理性的で冷静な物言いに、3番隊は黙らざるをえなかった。そしてダンディは床に座って、恨めしそうに茶器を眺めた。どうやらこのサイズになると、茶器は小さすぎて扱えないらしい。
それを見たドロシーが、ふぅとため息をついて茶器を扱い始めた。
続く
次回投稿は、9/24(土)24:00です。