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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その88~迷宮攻略、サックモンド戦③~

「金属性の魔術っすか!」


 サックモンドがさらに刃をこすり合わせながら、加速して突っ込んできた。部下を囮に使っての奇襲から、体を魔術で強化しての正面突貫。あまりにかけ離れた戦い方に、普通は認識が追いつかない。そう、普通は。だがサックモンドだけが、レクサスのことを信じていた。

 このサックモンドは、信奉者である。仲間とすらろくに会話をすることがなく、自身の全ては父クベレーのために存在すると、サックモンドは心から信じている。だから、命令一つあれば廃棄する可能性のある者と、心を通わす必要が一切感じられなかった。グリブルやパンゲロスが仲良くしていようが、ダンディーがどれほど話しかけてこようが、サックモンドは一切の感情を動かすことがない。

 そのサックモンドは、パンゲロスが申し出ると同時にブラックホークの監視を始めていた。削りやすそうな相手から、確実に数を減らすためだ。運送屋らしき連中がもっとも適していたが、物資がなくなれば敵が撤退してしまう可能性がある。引き込むなら深層におびき寄せてから――そう考えていたサックモンドは、レクサスを見た時に衝撃を受けた。

 なぜなら、自分と同じような存在を初めて見たから。相手が何を信奉しているからは知らないが、信条のためなら自己犠牲を厭わない精神を持ちながらも、必要ならばなんでも切って捨てる覚悟も持ち合わせている目。そしておどけながらも常に周囲を警戒し、完全に気配を絶っているはずの自分にも何度か気付きかけた。周囲を警戒している斥候らしき女は、まったくこちらに気付く様子がないのに。好敵手であると同時に、集団の要となりうる存在。奴を消さねば、ブラックホークを全滅させることは不可能だと断じた。

 だから油断しない。取りうることができる方法と技術は、この一瞬に全て詰め込んで殺す。そう誓ったサックモンドは自らの首をかき切り、第二形態を無理矢理引きずり出して突撃した。その血は毒。どちらの刃でも掠れば致命傷となり、自身の弱点は魔術で強化できない目だけ。そこを突く技術が相手にあると信じているからこそ、突きを誘発する間合いに入る直前で歩法と幻惑の魔術を組み合わせてあたかも自分が複数いるかのように錯覚させる。

 これで、掠れば勝ち。100%ではないが、100回戦えば98回は勝てる戦術だとサックモンドは確信した。そしてレクサスの突きが外れ、サックモンドの刃がレクサスに届きかけて、ゴブリンから奪った精錬が不十分な鉄の剣が肩口に当たるのを感じた。

 そんな勢いのない剣では自分の体を斬り裂くことはできず、力を入れる前にこちらの刃が届く――サックモンドはそんなことを考えたのだろうか。口が綻びかけたまま、上半身が袈裟掛けに両断されて、初めて驚いた。相手は自分の期待以上なのだと。


「やっべぇ・・・爺に教わっておいてよかった」


 以前ベッツが、木の枝で石の上に置いた鉄兜を両断したのを見たことがある。それなりに硬い枝ではあったと思うが、さすがに鉄兜を斬ることは不可能とだと驚いた。なぜそんなことができるのかと聞くと、かつて聞いた逸話をやってみようと5年ほど暇を見つけては試みていたらできたそうだ。その武芸者は葉っぱで敵の刃を両断し、あるいは貫手で敵の盾を貫通し、拳で鎧を人間ごと粉々にしたそうだが。

 ベッツは「ま、実践で使えるかどうかは難しい所だな。これより刹那の間合いでやるんだし、敵は動く。まだまだよ」と、興味なさそうに枝を投げたが、レクサスもまた暇を見つけては修行に取り組んでいたのだ。後にコツを得たベッツに指導をしてもらったが、「できればいいな」くらいの考えだった。それが今、明暗を分けた。

 サックモンドの上半身が宙に舞い、その目とレクサスの視線が交差する。まだ糸一筋ほどに油断をしていないレクサスの視線の意味をサックモンドは感じ取ると、死力を尽くさないことは失礼になるだろうと考えた。人間の言葉は理解できないが、先ほどのようなことができる武芸者を相手に全力以上の力で臨まずしてどうすると、血が滾る。少しだけ、グリブルの気持ちがわかった。

 レクサスもまたただならぬ気配をサックモンドから感じたが、その瞬間サックモンドの体が全て闇の液体のようにに変身して、地面に溶け込んだ。同時に、周囲のヒカリグサが次々と消えていく。


「ちっ、まだ死んでないのか。光源を潰しやがっ――」


 同時に出現した、無数の気配。残った光源で浮かび上がった影が、レクサスの周囲を踊る。それはレクサスの姿ではなく、サックモンドの影。漆黒の闇のようだったゴブリンの影が、本当に漆黒の闇となって蠢き始めたのだ。

 

「ギィア!」


 それらに気を取られていると、ヴァルナの背後にいつの間にか生き残りのゴブリンが回り込んでいた。首筋に武器をあて、降伏しろとレクサスに告げているようだ。

 だがレクサスは動じない。ここで集中力を欠けば、待っているのは2人の死だ。サックモンドも何も反応を示さない以上、指示したことではないのかもしれない。だが今はどうでもいい。ヴァルナの事も今は考えられない。レクサスは極限まで高まる集中力を感じながら、背中が寒いと感じていた。こういう時2人なら、と思ってしまう。

 無数に分かたれたサックモンドの影が動いた。影はもはやレクサスしか狙っていない。光源はわずか、視界はほとんどなく、先ほどの剣はあと一振りかそこらで使いものにならなくなるだろう。こういう時、思い出すのはなぜかベッツの言葉ばかりだ。


「(お前、それだけ勘が良かったら、下手したら目も耳も鼻もいらねぇんじゃないのかよ。ついでに口もなくなりゃ、ルイに追い立てられることも減るだろうぜ)」


 冗談でベッツが言った言葉。全ての感覚をあえて閉じ、本能のままに振るう一撃。今背中には誰もおらず、懸けるものも守るものも全て意識から消え去る。世界に斬るべき敵と、自分だけ。その自分さえいなければ、全てが斬れるかもしれない――

 数十にも分れた影の一つ、そのやや右肩に近い部分を躊躇なく斬りつける。すると全ての影の動きがぴたりと同時に止まり、洞窟の影と同化するように霧散した。一つだけ残り、立ったままの影がレクサスの問いかける。


「なぜわかった?」

「勘っす」

「外していたら?」

「すぱっと死ぬか、武器が壊れるまで武器を振り回すだけっすかね。不細工だとしても」

「なるほど」


 影が可笑しそうに笑った気がしたが、それすらも気取らせないようにしたのか、影はとぷん、と地面に溶けるように消えた。あるいは、限界を越えてでもレクサスに質問をしたかったのかもしれない。

 難敵が死んだと確信したレクサスはずるずると崩れ落ちそうになって、なんとか切れそうな集中力をとどめた。ヴァルナの背後にいる漆黒のゴブリンは死んでいないのだ。


「お前は影じゃないのか」

「ギ、ギギ」


 ゴブリンはサックモンドが死んだことが信じられないのかしばし呆然としていたが、ヴァルナの拘束を外すほど呆けてもいなかった。レクサスの視線に呼応するようにヴァルナを手繰り寄せると、ナイフをヴァルナの首筋に当てて威嚇しようとする。レクサスはサックモンドにとどめをさした剣が折れた音に気付き、一番近い武器でも散歩の距離があることを確認した。最悪、素手であの毒の武器を掴む必要がある。どのくらいの時間で毒死するかは、賭けだ。

 その時、ヴァルナが突然ゴブリンの手に噛みついた。ヴァルナが動けないと思いこんでいたゴブリンは、思わず驚いてヴァルナの首筋を斬ってしまった。その行為が自分の優位を手放すと同義だとゴブリンが気付いた時には、既にレクサスによって首と胴が別れていた。


「ヴァルナさん!」

「家族の・・・絵の、裏」


 ヴァルナの口から漏れた言葉の直後、大量の血を口から吐いてヴァルナはレクサスの手を弱々しく握ってこと切れた。ブラックホークの団員が今わの際に残すのは、自身の残したいものの在処。ヴァルナの場合は、傭兵として稼いだ全ての財産だ。もし自分が死んでも、夫と子どもが残りの人生を遊んで暮らせるくらいは稼いだと言っていた。

 ならばなぜ、危険な傭兵稼業を続けるのかと聞いたことがある。ヴァルナの答えは単純だった。


「一度信頼した仲間を捨てるなんて、早々できないものさ。レクサス、あんたもルイと組んでりゃいずれわかる。今は仲間の振りをしているだけでも、背中が寂しいと感じたら、それは仲間になった証拠さ」

「ああ、ヴァルナさん。今ならわかるっすよ。でもねぇ、こんな結末を迎えると悲しいだなんてのは、知りたくなかったっす」


 レクサスは敵地にも関わらずしばし正座してヴァルナの亡骸の傍に寄り添い、その死を悼んだ。レクサスが他人の死を悲しいと感じるのも、ブラックホークの団員が死ぬのも、実に久しぶりの出来事だった。



続く

次回投稿は、9/18(日)24:00になります。

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