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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その85~迷宮攻略、グリブル戦③~

「――貴様こそ、相性が悪いのではないか。このグリブルの性は、燃え滾る炎そのものだぞ。この程度の熱量でどうにかなると思うか!?」


 炎を気合で吹き飛ばして出てきたグリブルの角は燃えて、巨大化していた。その目は闘志に燃え滾り、筋肉はさらに隆起し、何より戦いたくてたまらないのか、蹄が地面を今にも蹴りだしそうになっている。

 グリブルはさらに一際大きなハルバードを魔術で作り出すと、それを軽々と担いで構えた。どうやら一撃で決めるつもりらしい。


「いかに人間が強かろうと、所詮は騎馬。既にここは俺の間合いだ。この一撃の範囲から逃れることはできん!」

「・・・そう思うのなら、やるがいい」

「いざ、勝負!」


 燃え盛るグリブルの一撃が、火の粉を巻き上げながら振り下ろされた。メルクリードの背後は壁前に出ればそのまま踏みつぶし、横に逃げれば薙ぎ払う一撃で叩き潰すつもりだった。

 先ほどとは膂力が違う。いかにメルクリードの駆るディオダインとやらが柔らかい脚を持っていようと、耐えられるものではないはず――そう考えたグリブルの渾身の一撃に、何の手ごたえもなかった。


「!?」


 グリブルは我が目を疑った。メルクリードはなんと後方の壁をディオダインに走らせ、グリブルの渾身の一撃から脱出したのだ。

 ありえない馬の挙動に唖然とするグリブルを横目に、地面に着地したメルクリードはさも当然と言わんばかりに冷めた表情でグリブルを見つめた。


「――少し、昔語りをしてやろう。ここまで戦ったのだ、オーダインのことをもっと知りたいだろう?」


 メルクリードがディオダインをゆっくりと走らせ始め、徐々に速度を上げていく。


「オーダインは戦いが嫌いだった。だが時代は戦わぬことを許さなかった。力がなければ何も言えない、荒い時代だった。それが正しいと思っていない者も多かったが、嘆いても何が変わるものでもない。肚を決めたオーダインは、誰よりも鍛練した。才能のない奴にできることは、それだけだった。強くなければ、正しさも優しささえも踏みにじられる。それが奴は何より我慢できなかったのだ」


 走るディオダインが火の中に飛び込む。そうするうち、ディオダインの体に火が移った。いや、それはメルクリードも同じだったが、彼らは炎に包まれることも厭わず、駆け続ける。


「奴は戦いではなく、常に対話を望んだ。戦いを望む相手と対話をするには、相手を殺さず止める必要がある。そのためには、相手の何倍もの技量が必要になった。奴が泣くのは決まって相手を殺してしまった時。相手を死に至らしめた夜は自らの未熟を恥じ、疲労で倒れるまで泣きながら槍を振るっていた。

 そうするうちに十数年。晩期のオーダインには俺の槍すらかすらなくなった。槍を持っての戦いならおそらくはティタニアさえも及ばぬほどの技術を身に着けたオーダインは、名誉も称号も、仲間もほしいままにした。そんな全盛期の奴のつぶやきを俺は未だに忘れられない」


 メルクリードとディオダインの姿が炎に包まれた。グリブルは目を見張る。彼らは炎の中に消えたのではない。内側から燃え始めていたのだ。彼らそのものが炎。見間違えでなければ、彼らが自ら燃えてみせたのだ。


「――この世に、皆が笑って暮らせる平和はいつ来るのかと。槍がどれだけ強くなろうと、魔王を何体仕留めようと、それは変わらないと奴は寂しそうにつぶやいた。優しさゆえに誰よりも正々堂々と、覚悟を決めて戦い続けた青年の想いは、ついに果たされることがなかった。だからこそ!」


 しかして、それは現れた。グリブルと同じ――いや、人身半馬のケンタウロスにも似た、全身紅蓮の炎の鎧に包まれた騎士のような金属生物。明らかに人間ではないそれがいったい何なのか、グリブルには言葉にする術がなかった。

 それがかつて魔王と呼ばれた魔槍ダイダロスであり、メルクリードとディオダインはそれぞれ、ダイダロスが分離した姿だということを、知るすべはない。

 ダイダロスは、炎に燃える槍をグリブルに向けて突きつける。


「俺は生き続け、奴の目指した理念を遂行し続ける。カラツェル騎兵隊は正しく、強く、人間の目標であり続ける必要があるのだ!」

「なんと――ではそなたが。そなたことが」


 オーダインそのものではないか――と言おうとして、グリブルの体は無数の突きに貫かれ、一瞬で燃え上がっていた。見えもしない、無双の連撃。それらに貫かれた時、グリブルの胸に去来したのは不思議な満足だった。


「(ああ、本当に騎士の物語はあるのだ――悔しいのは、どうして俺はそちらで共に駆ける側ではなかったのかということ。そのオーダイン青年の見た目標、俺も見てみたか――)」

「だから言った、猛き者から先に死ぬと。そして俺は未だオーダインに及ばぬのだ。対峙した相手を殺さずに屈服させるなど――どうやってもできそうにもない」


 散り行くグリブルを前に槍を一払いし、悲しそうに呟く様がかつてにオーダインに似ているなどと、誰もわかりはしないだろう。



続く

次回投稿は、9/12(月)6:00です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 正体の現した方がかっこいいです! いやかっこいい こういうちょっとぼかす感じも好きです 迷宮編は毎回特にわくわくします。 しかし!ブラックホークのみなさん、アルフィリース連れて行って欲し…
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