開戦、その82~迷宮攻略、レディ戦③~
「キィア!?」
信じられない、といった表情でレディが宙に舞う自分の腕を眺めていた。まだ腕は2本、足が2本あるとはいえ、急な出来事に体はゆっくりとバランスを崩し、倒れかける。
そこにヴァルサスが飛びかかってくるのを知っていたレディだが、茫然とした様子からヴァルサスが飛びかかる一瞬の間に意識を切り替えると、首をぐりんと急激に動かして、血走った眼でヴァルサスを捕えた。
「アァアアア!」
レディが口から広範に糸を出す。粘性の糸はヴァルサスの剣を絡めとり、地面に縫いとめてその勢いを削ごうとする。糸に巻き込まれたグリブル配下の魔王は、あっさりとその勢いを殺された、地面に転がって無様に固定された。
その様子を見て、レディが手を叩いて笑う。だが、ヴァルサスは――
「ぬぅうう・・・ぉおおおお!」
地面に張り付いた糸を地面ごと引っこ抜き、そのままレディに襲いかかる。レディの笑いが引き攣り、剣を受け止めようとする。ヴァルサスは糸が絡まって棍棒のようになった剣を、そのままレディの腕を破壊して、脳天に叩きつけた。
「うぅおおおお!」
ヴァルサスがレディの脳天に剣を叩きつけ続ける。二発、三発、四発――レディの脳天が割れても容赦することなく、頭部が原形をとどめなくなるまで容赦なく殴り続けた。
返り血と脳漿で染まるヴァルサスを見て、さしものラグウェイも思わず目を覆いそうになる。
「そ、そこまでやるかよ」
「ラグウェイ! ルイ!」
ヴァルサスが突然叫んだ。その声の意図を一瞬察することができないラグウェイだったが、ルイはその声がかかる前から既に飛び出していた。
ラグウェイは一歩遅れてルイの行動の意図を察し、飛び出した。
「そういうことかよ、くそっ!」
「任せるぞ!」
「当然だ!」
ふらりと傾いで剣を支えに立つヴァルサスの傍を通り抜け、ルイが跳んだ。その下に指向性の爆薬を叩きつけ、その勢いで加速して大跳躍するルイ。
ルイに視線の先にあるのは、天井近くにあるレディの胴体。その胴体にひびが入り、まさに裂けんとするその時――ルイが呪氷剣を解放した。
「はぁあああ!」
「まさか、第二形態がやられるなんて人間もやるものだわ――あら?」
胴体を裂くようにして出てきたレディの本体――第三形態の脳天をルイの呪氷剣が貫いた。ドレスを纏う美しき貴婦人さながら、無数の腕と蛇を体に巻き付けたレディの体が、電撃で発光しかけて、直後その光を失っていく。
「――やるじゃない。どうして本体がここだってわかったの?」
「ずっと、ここだけが誰にも攻撃されない位置にあった。そしてもし敵が冷静なら、敵の戦力を見切った場面で、最大の戦力を投入するだろうと。あとは、ヴァルサスの直感と自分の勘を信じた」
「なるほど、人間は素晴らしいわ。私の負けね――あら、私も前は人間だったような気がするのだけど――なんだかおかしいわね」
ルイはそう告げるレディの顔に見覚えがあった。たしかローマンズランドの衛星国の王の妻で――ローマンズランドから降嫁した王族の一人ではなかったか。ちらりと昔見ただけだが、美しい人だったと記憶している。その衛星国は、ローマンズランドに侵攻されて、もうない。
レディの目から一筋に涙が流れ、その涙ごと呪氷剣が凍り付かせた。凍り付いて崩れゆくレディの姿を見て、ルイは心の中で合掌した。
宙でレディの体を蹴って姿勢制御し、見事に地面に着地する。下ではラグウェイが残りのグリブルの配下にとどめを刺して回っていた。
「今度こそ、やったか」
「流石にな。だが呪氷剣を2回も使ってしまった。今日はもう、うかつには使えないな」
「あの間合いで使っていなければ、もっと大変なことになっていたさ。見事な判断だった」
ラグウェイに肩を叩かれるも、ルイは納得のいかない様子だった。紛れもなく、自分一人ではやれなかった強敵だったからだ。これがあと何体いるのか。そう考えるだけで、ルイの心は重い。
「他の連中は?」
「そこかしこで戦っているだろうが――」
「援護に行く前に、一度グロースフェルドの元に集合だ。我々の生命線は、奴だからな」
ヴァルサスが息を整え、剣の血糊を振り払って立ち上がる。糸はレディが死んだことで溶けたようで、油断なく周囲の様子を確認してから剣を収める。
「この先、どれだけ犠牲が出てもやり遂げる。撤退は敵に利するだけだ、ここで仕留めるぞ」
「それも勘か?」
「そうだ。この敵共は、時を置くほど手強くなるだろう。グロースフェルドの索敵が終わり次第、攻勢に出る。それまで力を溜めていろ」
「だが、他の仲間が――」
「大丈夫だ」
ルイの懸念をヴァルサスは一蹴した。その言葉には迷いがなく、そして力強い。何かの確信を持っているかのように。
「先程の連中だけなら、大丈夫だ」
「それは・・・一体どういうことだ?」
「先程の連中だけなら、メルクリード一人でもなんとかできてしまう。奴は正真正銘の怪物だからな」
「赤騎士が?」
「そうだ」
ヴァルサスはそれ以上語らず、突然寝息を立て始めた。それだけこれからの戦いが激しくなることを意味しているが、ルイにはヴァルサスの直感を信じるしか方法がなかったのだった。
続く
次回更新は、9/6(火)6:00です。