開戦、その81~迷宮攻略、レディ戦②~
「ンキャアアア!」
レディが言葉にならない奇声を上げ、襲いかかってきた。最初からグリブルの配下などはお構いなしだったが、今や動く物全てが標的と言わんばかりに、積極的に叩き潰しながら襲い掛かって来る。まるで小さな虫を叩き潰すかのような、何の感情もない挙動。広間はレディの攻撃の衝撃に揺れ、奇声が木霊した。
だがグリブルの配下もさるもの。そう簡単にはやられないとばかりに抵抗を試みている個体も多かったが、単純な物理攻撃ならともかく、電撃と炎の攻撃は彼らにも防げないようだ。受けた端から痺れ、燃え、その数を見る間に減らしていった。
ルイも、そしてヴァルサスですらレディとの打ち合いを避けて逃げ回る。
「ヴァルサス、打開の手はあるか?」
「好機を待つ」
「それはいつだ!?」
ヴァルサスが待ちの戦法を取るなど、初めて聞いたルイ。周囲の魔獣の数が減ったことで焦れたルイは、炎の手を狙って反撃を試みる。
「電撃ならともかく!」
だがルイが剣を振りかぶったところで、炎がふっと掻き消え、見る間に白く発光する電撃に代わった。腕の性質は交換が可能だったのだ。氷を操るルイにとって、電撃は最悪の相性だ。極低温の氷は電撃を良く通すのだから。
「あっ・・・」
「ルイ!」
ヴァルサスが呆然とするルイを突き飛ばすように猛然と飛び込むと、電撃の手を剣で受け止めた。
「ぬぅううぅお!」
さしものヴァルサスも電撃では身動きが取れないのか、そのままレディに叩き飛ばされた。受け身も取れず、凄まじい勢いで壁に叩きつけられるヴァルサス。
壁から糸の切れた人形のようにずるずるとずり落ちる様は、ルイが初めて見るヴァルサスの姿だった。
「ヴァルサス!」
叫びはしたが、とてもではないが助けに行く余裕はない。迫りくる電撃の手に投げつけられたラグウェイの爆弾の隙を突き、身を翻すルイ。広間には、ラグウェイがばらまいた発煙弾が無数に転がっていた。
「ンキャア!?」
煙に目標を見逃したのか、レディがきょろきょろとあたりを見回す。その間にルイは身を隠すと、そこにラグウェイが合流した。
「怪我はないか、ルイ」
「ああ、正直助かった」
「今グロースフェルドはカーラと組んで他のことをしている。この間にダメージを受けるのはまずい。少し守勢に回るぞ」
「だがヴァルサスが――」
「大丈夫だ」
心配しかけたルイに向けて、力強く頷くラグウェイ。
「お前たちはあまり見る機会はないだろうが、ヴァルサスはここからが強い。奴の二つ名を忘れたか? 『不死身の』ヴァルサスだ。グロースフェルドと出会う前から、奴はそう呼ばれている」
「だが――」
「奴は好機を待てと言ったろ? 奴がそう言ったなら、必ず好機は訪れる。その瞬間に備えて、己を研ぎ澄ませて待て」
「――わかった」
ラグウェイは自分よりもブラックホークの経歴が長い。その言葉を信じ、ルイは己を研ぎ澄ますことにした。一度こうと決めるとルイの切り替えは早い。呪氷剣を展開した時のように、きりきりと空気がひりつくのをラグウェイは感じていた。
「(頼もしいじゃねぇかよ、ヴァルサス。俺のような0番隊のロートル共は、そろそろ引退が近いかもなぁ?)」
ラグウェイはそんなことを考えながら、レディの様子を油断なく見守る。視界のきかないレディは足を伸ばし、体と頭を天井近くまで上昇させ、広間一帯を見下ろしていた。
だが充満する白煙で何も見えず、たまに動くグリブルの配下を見ると、それを叩き潰すことしかできない。その表情が徐々に苛立ち、怒りに染まってくる。叩き潰したいのはグリブルの配下ではなく、侵入者たる人間なのだ。
レディが怒りに片足を持ち上げて地団太を踏もうとした瞬間、がくりとその体が揺れた。
軸足が斬り飛ばされ、バランスを崩したのだ。ルイがぴくりと反応しかけて止まる。まだ、その時ではない。
「オオッ!」
ヴァルサスの咆哮が白煙の中から聞こえる。いつの間にかヴァルサスの姿は先ほどの壁際にはなく、血の痕を点々と流しながらもレディに襲いかかっていた。
レディは4本に増えた腕を足の代わりに使って体を支え、襲い来るヴァルサスを叩き潰さんと腕を振るった。ヴァルサスは勢いのついたその腕をひらりと躱すと、電撃をまとった腕に襲いかかると見せかけて、一気に加速して別の腕に襲いかかった。レディの悲鳴が間に合わないほどの速度で、2本目の腕が宙を舞った。
続く
次回投稿は、9/4(日)6:00です。