開戦、その79~迷宮攻略⑩~
「歳をとると、色んなことが見えるようになる。クイエットとお前はほぼ同時にブラックホークに現れ、クイエットが一歩引く恰好で副隊長になった。奴は依頼を正確に、期日通りにこなすが、そのやり方に人間味はない。怪我人が出ても、犠牲が出ても依頼通りにこなし続ける。奴にとって他人は替えのきく部品と同じさ。壊れれば、捨てるだけ」
「そうか?」
「そうさ。少なくとも、ダンダとドロシーを見て、口元を綻ばすような真似はせん」
「何が言いたい、べルノー」
べルノーの様子が普段と違うことに、違和感を覚えるゼルヴァー。だがべルノーは、ゼルヴァーの腕をしっかりつかんで言った。
「遺言さ、ゼルヴァー」
「・・・何が」
「将来を誓い合った女に裏切られ、魔術協会の権力闘争に負けて、魔術士としても一流になれなかった、疑り深いワシからの遺言よ。合従軍からブラックホークに向けて、護衛の依頼があったのは本当さ。だが、それをなぜクイエットはお前たちに無断で受けた? それをヴァルサスもお前も、知っていたか?」
「・・・いや」
「フォルインが深手を受けて離脱した時の依頼、お前は賛成していたか? ガレオンが顔面に傷を負って、生死の境を彷徨った時はどうだ? シェクサの母親が危篤になって、突然隊を離れた時は、お前に連絡があったか? そもそも、最近3番隊が隊として分散して依頼を受けた時、ゼルヴァー自身が受けた依頼がどのくらいあったか、覚えているか? いつの間に、クイエットが隊の依頼を受ける窓口になった?」
「・・・待て、それは」
ゼルヴァーは眩暈がするような気持になってきた。たしかに個人で受けた依頼以外、全て取り仕切っていたのはクイエットだ。それはつまり、自身の傭兵としての行動がいつの間にか操作されているということか。
べルノーが語る。
「本来なら我々が向いているのは、戦場などの対人戦の方だ。それがなぜ、ここにいる?」
「それは・・・クイエットがそう言ったからだ」
「だろう? ダンダが成長していなければ、危ない場面は多々あったはずだ。流れに呑まれて消されるなよ、ゼルヴァー。それと気づかぬ時が、一番危うい。傭兵は、死に場所まで自分で選べるから傭兵のはずじゃぞ?」
その時、進行方向で轟音がした。広間に繋がる道は先ほどの魔王の死骸で塞がっているが、
進行方向の魔王は溶けたので次が襲ってくるかと思っていたが、それが突然吹き飛ぶ形で壁に衝突してひしゃげていた。
横道から、魔王に劣らぬ見事な体躯を誇るオークが現れた。その引き締まった肉体は、ダンダのそれをさらに二回りは上回る。
「ンッン~、さぁ、お立会いなんだね!」
オークは、ゼルヴァーたちの眼前に現れるなり、ゆっくりとポーズをとって肉体美を披露し始めた。ドロシーとダンダが油断なく構えていることなど、最初から視野に入っていないかのようだ。
「どうかね、この筋肉美は。そこのオーク君?」
「・・・見事だっぺ。無駄一つない僧帽筋と広背筋。特に注目すべきは腹斜筋だべな。体を捻った時に浮き出る斜めの線が理想的だべ。おめー、油の摂取に相当気を使っているだな?」
「ンッン~、エクセレントォ!」
オークは満足そうに拍手し鼻から息を吐くと、改めてポーズを取り直し自己紹介を始めた。
「キミとは筋肉で会話できると思っていたんだ。キミこそ、その引き締まった筋肉! 荒々しくはあるが、実に使い込まれた良い肉だ! だが栄養の方は、それほど気にしていない――いや、気に出来ていないのかな? 迷宮暮らしが一月にもわたれば、多少血色が悪くなるのはやむなしか」
「できれば、陽の当たる場所で戦いたいもんだべ」
「だがここで出会ったのもまた運命――吾輩の名はダンディー。キミは?」
「ダンダ。ただのしがないいちオークだべ」
ダンダが戦斧を構える。ドロシーはこの何を考えているのかよくわからないオーク2体に文句の一つでも言ってやりたい気分だったが、ダンダの額から流れる汗を見て、それを止めた。この敵は普通じゃない。奇天烈な行動だけでなく、先ほどの魔王をひしゃげさせるだけの膂力、そして見た目にわかる鎧のような筋肉。ドロシーは自ら持っている武器が、急に小さくなったような錯覚さえ覚えた。
ドロシーは思わずダンダの方を見上げたが、既にゼルヴァーでもこのオークの相手は無理な気がしていた。そもそも入れ替われないし、同時に戦うことも無理だ。ダンダは全てを理解しているかのように、小さく頷いた。
「オ、オデが勝つんだな。下がってろ」
「・・・あんたに任せるよ。男を上げといで」
「ああ」
ドロシーがゆっくり下がると、それに合わせてダンディーがずいと前に出た。
「お別れは終わったかね? さぁ、吾輩と筋肉の饗宴を奏でようじゃないかね!?」
「暑苦しいのは嫌いじゃないだども、お前とは御免だ!」
ダンダは弾けるように飛び出し、戦斧を振るい上げた。
***
「きゃははは!」
「くっ」
広間での戦いにおいて、ルイは苦戦していた。相手のドレスの女――レディは伸縮自在の四肢と首を操り、攻撃の予兆が全く掴めなかった。胴体は必ず遠いところにありながら、あらぬ方向から常に手足、時には刃のような歯で攻撃を仕掛けてくる。周囲の仲間はお構いなし。むしろ面倒だと言わんばかりになぎ倒し、拳で砕いているところを見ると、まともに一撃でも受ければ致命傷になる可能性すらある。
すれ違いざまに剣で斬りつけても高速で伸縮する四肢には刃が通らないのか、なぜか武器が弾かれてしまう。ルイの武器もそれなりに業物だが、このままでは決定的な一撃を加えるには至らないことをルイは覚悟しつつあった。
「使うか・・・いやしかし」
呪氷剣は使用回数に制限がある。ルイ自体の魔力が多くないせいもあるが、剣と体の方が極低温の負荷に耐えられない。使って戦えるのは、あと2回が限度だと自覚している。
続く
次回投稿は、8/31(水)7:00です。