開戦、その78~迷宮攻略⑨~
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「よし、ここなら一体ずつ戦えるだろう。ダンダは進行方向、殿は俺だ。ドロシーは柔軟に動けよ」
「魔力の総量は充分じゃわ。必要な時は双方遠慮するな?」
「グフー!」
3番隊はゼルヴァーの指揮の下、それなりに狭い通路に陣取った。ゼルヴァーの武器もダンダの武器もそれなりに大きいが、それでも敵の魔王ほどではない。この通路なら敵は武器を振るいにくく、自分たちは思うように戦える。
そして指揮官がいなくなって統率を失った敵なら連携もないに等しいし、全ての敵が前衛型で、支援する種類の敵がいないことも確認していた。この通路なら、各個撃破を狙いやすい。
「一体目、来るよ!」
ドロシーの合図とともに、ゼルヴァーの身の丈を超えそうな巨大戦槌を振るいながら、上半身は蜥蜴、下半身は蜘蛛の魔王が迫る。だが化け物が戦槌を振りかざすと、それが天井につっかえ、そこで初めて魔王は驚いたように天井を見上げた。
「馬鹿が、自分の図体を考えろ!」
ドロシーが走り抜けるように相手の足を傷つけ、体勢を崩した敵の脳天にゼルヴァーの一撃が振り下ろされる。
敵は脳天を割られながらも耐えようとしていたが、ドロシーの鋭い剣筋がさらに下半身から力を奪い、さらには首を落として止めを刺した。
「ざまぁ!」
「油断するな、首を落としたくらいでは死なんかもしれぬぞ!」
「わかってるよ。うるさいね、ジジイは!」
ドロシーの悪態と同時に、進行方向からも敵が出現した。
「ドロシー、こっちなんだな!」
「忙しいね!」
ダンダの声に合わせて、ドロシーがゼルヴァーの頭の上を飛び越える。今度は鳥の頭に、ワニの足。そして腕は6本という珍妙な組み合わせだった。包丁のような大鉈2本の相手は、同時にそれを振るおうとしてやはり横につっかえる。
「やっぱり馬鹿じゃないのさ!」
ドロシーは隙ありと見て、一気に加速して先制攻撃を仕掛けようとする。だが相手はつっかえたとみるや、体を傾けて強引に片方の腕を振り抜いた。壁ごと抉る強烈な一撃が、宙にいるドロシーに襲いかかる。
「やばっ・・・」
「! ドロシー!」
ダンダは弾けるように飛び出すと、相手の剣に戦斧ごと体当たりをぶちかます。その速度と膂力に、魔王の方が当り負けてぐらついた。そしてダンダは巨大な戦斧を器用に短く持ち、相手の頭を顎から吹き飛ばし、なおも動こうとした左腕に目が浮き出た瞬間、即座に叩き潰した。それが本当の弱点だったのか、魔王は力なく背後に倒れ、煙を上げて崩れ始めた。
一瞬のダンダの早業に救われたドロシーはぽかんとして、その残骸を見つめる。
「ダンダ・・・あんた、随分と器用にその戦斧を使い熟すようになったねぇ」
「よい手本が周りに沢山いるからなぁ。オデ、鍛錬も欠かしてねぇし」
「そーかい、そーかい。イイ男だねぇ、あんた」
「それを言うなら、イイ豚だべ」
敵襲が途切れた一瞬でなごむ2人を見て、べルノーが微笑む。
「ダンダめ、随分と腕を上げよったわ」
「戦士としては、だいぶ前に俺を超えている。あいつは謙虚だから自慢をしないが、実力だけなら既にグレイスよりも上かもしれん。0番隊の面子でも、おいそれとあいつに勝てる戦士はいまい」
「ちと褒め過ぎではないか?」
「ベッツ副長のお墨付きだ」
「なるほど」
「それに――」
「それに?」
「いや」
ゼルヴァーは言葉にはしなかったが、自分も元々それなりに名の通った騎士だったとはいえ、本当に必要とされていたのなら、つまらぬ濡れ衣を着せられて国を追われることもなかったはずだと思う。だが自分が追われる時に、手を差し伸べてくれる誰かはいなかった。短気がいけなかったのか、それとも友人関係を大切にできていなかったのか、いまだに正解はわからない。
こんなところで終わるはずはない、そんなはずがないと意地になって自らを鍛え上げ、ブラックホークの隊長を任されるほどにはなったものの、0番隊の面々やベッツ、ヴァルサスを見ていると、本当の戦士がどんなものかというのは嫌でも理解できるようになった。いくら鍛え上げても、強くなるほどに限界というものは見えてくる。
それにダンダのように素質も体格にも恵まれた者が、さらに限界寸前の鍛錬を積んでいるのを見ると、彼らを超えて強くなるだけの意欲を持たない自分にも気付いてしまったのだ。むしろ、ダンダが強くなっていくことが楽しみでしょうがないような・・・そう感じる自分に気付いてから、ゼルヴァーは己の限界と、成すべきことについて考えるようになりつつあった。
そして、いつの日か森の戦いであしらった女剣士も、既に自分よりはるか高みにいるではないか――老いるほどの年齢ではないとはいえ、地に足のついた生活というものを、ついつい考えてしまう。
潮時。そんな言葉が寝る前に脳裏をよぎるようになっていた。その背中を察したかのように、べルノーがぽんと叩く。
「いつの時も才ある者と若人は眩しい。もちろんお主も」
「俺は若人と言うにはちと、歳が行き過ぎた」
「ワシからしたら皆、若人よ。お主は視野が広い。本領は少人数の指揮よりも、大隊以上の指揮で発揮される可能性もある。自分の才能を見誤るなよ?」
「俺の才能か。今更そんなものがあるのかな」
「あるさ。だからお主は軍で煙たがられ、追いやられた。それにお主は他人の本質を見抜くのが上手い。だから本能でクイエットを避けとるじゃろう?」
「俺が副長を?」
ダンダとドロシーが入る前は、3番隊は6人構成だった。古参は副隊長のクイエットとベルノ―、ゼルヴァーだけだったが、8人となったことで別々に依頼を受けることが可能になったため、ドロシーとダンダ加入時から別行動を執ることが多い。クイエットとは上手くやってきたつもりだったし、定期的に合流してはどんなことがあったかを報告しあうほどには良好な関係だ。
クイエットはいつも冷静に隊に必要な情報や物資を提案してくれるし、避けていたつもりは一切ないのだが。
困惑するゼルヴァーをよそに、べルノーは首を横に振った。
続く
次回投稿は、8/29(月)7:00です。