開戦、その77~迷宮攻略⑧~
グロースフェルドは後悔していた。基本的なグロースフェルドの役割は、補助と回復。アルネリアの回復魔術とは異なり、彼が使用する回復魔術は自然回復の補助や解毒が中心で、アルネリアの回復魔術のように欠損部位を即座に補うようなことはできない。
それでもグロースフェルドがほぼ全属性の精霊と交信できるおかげで、おおよその怪我や病気に対処できるのは事実。加えてヴァルナやレクサス、ここにはいないがベッツやカナートの警戒力を持ってすれば、ほとんどの敵が彼らに致命傷を与えることなどできはしない。だからこそ、グロースフェルドはどこかで油断していたのかもしれない。これだけ広範に結界を敷いていれば破るにしろ何らかの徴候があって、少しでも時間があれば誰かが何らかの反応を起せるだろうと。
「まさか、3点同時に仕掛けて来るとは・・・」
一手目はルイに仕掛けてきた、ドレスのような装いの魔物。それが部屋の中に出現していたことは知っていたが、様子を遠巻きに見ているだけだったので、しばらく放っておいた。だが最後尾から突然ルイの眼前に現れるほど、移動が速いとは。最初からあの距離はあの魔物にとって間合いの内だったのだろう。
そしてヴァルナが完全に不意を突かれた。既に一線を退きつつあったとはいえ、グロースフェルドはヴァルナの能力を信頼していたし、ヴァルナはできないことはできないときっぱり言う性格だ。自身の能力に不安があるならそう告げるし、探索当初こそ少し慣れを必要としていたようだが、それもほんの数日だけだった。かつて良く知る姿を取り戻したヴァルナの警戒網をたやすくかいくぐったということならば、初めて遭遇するレベルの相手ということになる。だからレクサスがそちらに全力で走っていったのだろう。あそこはレクサスに任せるしかない。
そして一番厄介なのが、自分の結界のすぐ外から直接運送屋部隊を狙った奴だ。ほとんど兆候なく結界を破り、そして一人だけを速やかに連れ去った。気づいてすぐに結界を広げて痕跡を辿れば、転移で逃げた直後だった。こちらに気取られることなく自分と共に移動する結界の範囲を正確に読み切り、そのすぐ外から転移魔術を使って奇襲してくる慎重さ。仕留めなければならないのはこいつだと、グロースフェルドの本能が告げていた。
「カーラ、被害は?」
連れ去られた者の安否は絶望的だろうが、運送屋部隊の一人がいなくなっても、ベテランのカーラが動揺することはない。カーラはグロースフェルドの近くに部隊を移動させながらも、決してひとかたまりにしない。敵の攻撃方法がわからない以上、集まるのが危険だと理解しているのだ。
「均等に、物資の七分の一がなくなっただけだ。なくなって致命的になるものは、何一つなくしていない」
「敵の姿は見えましたか?」
「腕だけな」
「腕だけですか・・・」
夜目もきくカーラの腕だけしか見えないとなれば、転移魔術から腕だけ出していた可能性が高い。そこまで転移魔術の扱いに習熟しているとなると、今後もどんな奇襲をされるかわかったものではない。
グロースフェルドが難しい表情をしていると、広間に通じる奥の道から、敵の援軍が多数乱入してくるのが見えた。敵はどうやらここで自分たちを潰すつもりらしい。時間をかければ突破はできるかもしれないが、どんな方法で回り込まれ、罠を張られるかは未知数だ。時間をかけるほどに状況が悪くなる可能性がある。
グロースフェルドは肚を決めた。
「カーラ。少々強引ですが、コストを払ってでもここでこの工房のマッピングを終わらせます。用意はよろしいですか?」
「拠点作成、防衛、索敵、迎撃まで全て一人でやるつもりか?」
「ベッツやミレイユがいればなんとなく、で中心となる敵の位置を割り出して狩ってくれるかもしれませんが、残念ながらいません。レクサスも手が離せないとなれば、どうにかして、今ここで敵を仕留める必要があるでしょう。我々の踏ん張りどころです、使い魔を出してください」
「わかった」
カーラは自らの荷物から、グロースフェルドの荷物を取り出した。グロースフェルドがその中から箱を取り出し蓋を開けると、そこから鉱石性のヒトガタがわらわらと這い出てきた。
グロースフェルドがその膨大な魔力を通すと、ヒトガタはむくむくと成長し、人間と同じサイズの鎧騎士となって整列する。あっという間に5小隊分となった彼らはグロースフェルドに敬礼をすると、魔王に向けて突撃していった。
「(やはりこの変態神父は化け物だな。形状を維持したまま圧縮して箱の中に使い魔の兵士を閉じ込め、別々の命令を組み込んだ等身大の兵士を50も同時に操るのか。しかも、結界と回復魔術を維持しながら、合間に簡易の攻撃魔術で味方の補助を行い、なおも使い魔を作れという。この男が味方でよかった)」
安堵と恐怖を抱きながらも、カーラが一本の丸太と小刀、それに槌とノミを同時に取り出す。
「形状は何にする?」
「薄い、速度重視の鳥のような姿で」
「100ほど掘ればいいか?」
「倍いけますか?」
「なら2000数えろ。10掘り出すごとに声をかける」
「承知」
グロースフェルドの返事と同時に、カーラの腕が複数本に見えるほどの速度で、グロースフェルドが使用する使い魔を掘り出し始めた。爪先程のサイズも変わらず、要求されたとおりの彫り物を作成し続けるカーラ。無機物を使い魔にするなら通常は自分が作成しなければならず、また愛着のある形でなければならなかったり、複数を同時に使うなら大きさを統一しなければ魔術に寄る命令が一定にならないなどの制約があるのだが、カーラの器用さはそれを凌駕する。
瞬く間に10も掘り出すと、グロースフェルドがそれらに魔力で命令を通し、残りの迷宮の探索を開始した。敵の位置を割り出し、仕留める。かつて男性でありながら、オリュンパス教会の代表にまで近づいた魔力の総量があるからこそ成せる、強引な力技である。
グロースフェルドが強引な手段に出たことをヴァルサスが確認すると、自らは彼らがいる通路の眼前に立ち塞がった。グロースフェルドが魔術に集中するほどの状況となると、彼の行動の成否が生命線となる可能性がある。それまで、なんとしてもここを死守する必要がでてきた。本来なら各所の戦いに加勢に行きたいが、それもままならない。
「頼むぞ・・・誰も死んでくれるな」
ヴァルサスは祈る精霊を持たないが、代わりに自らの剣に祈りながら我慢を強いられる戦いを開始した。
続く
次回投稿は、8/27(土)7:00です。