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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2402/2685

開戦、その76~迷宮攻略⑦~

***


「こ、こいつら強いじゃないか!」

「ド、ドロシー下がるんだな!」


 グリブルがメルクリードとの一騎打ちのために下がった直後、残った騎兵魔獣たちが一斉に襲いかかってきた。下半身はおおよそ4足歩行だが、中には多足類だったりと統一感がなく、上半身もそれぞれが別々の魔王総勢100騎ほど。彼らに共通しているのは巨大な武器と、戦いを迎えた歓喜だけ。

 死をも恐れぬ勢いで巨獣の群れが一切の躊躇なく襲い掛かってくる様は、見る者全てを恐怖させる。3番隊は連携のとれた集団戦法を得意とするが、これほど一体一体の突破力が強くては、開けた場所では連携するどころではない。彼らはなんとか一対一か一対二にできるような横道を探して少しずつ集団から離れていった。


「指揮官がいない分統率には欠けるっすけど」

「その分、それぞれが思うように仕掛けてきているようだな」


 レクサスは相手を誘導しながら衝突させたり、足を狙って体勢を崩して時間を稼いでいる。ルイもまた正面から受け止めるようなことはせず、相手の武器を逸らしながらなんとか凌いでるような状況だ。

 戦いの開始から100と数えない間に、見る間に劣勢になるブラックホーク。正面から打ち合ってなおも優勢なのは、ヴァルサスだけだった。


「こーいう時には、本当にヴァルサスがどれだけ化け物か実感するっす!」

「あれは誰にも真似できんが、それよりもそろそろ限界だ。ラグウェイ、レクサス! 例の奴をやるぞ!」


 ルイが叫ぶように合図を出した。大抵の局面を誰の手も借りずにやり過ごすルイだが、決して増長しているわけでも、慢心しているわけでもない。ただその技の特性上、合わせられる相手が少ないだけだ。

 ルイの合図でラグウェイが黒い丸眼鏡を妖しく光らせる。


「こっちはいつでもいいぞ!」

「俺もっす!」

呪印解放リリース!」


 2人の返事とどちらが早いか、ルイは呪印を解放し呪氷剣コキュートス・セイバーを作り出す。いつもなら決め技にしか使わないのだが、そうも言っていられないとルイが肌で感じ取った。


「(これであと2回・・・姐さん、相当ヤバイ相手だって感じてるんすね?)」

「剣断!」


 氷の刃を飛ばすのではなく、地面に向けて叩きつける。地面を大きく斬り裂いた呪氷は、まるで氷の棘の壁のようになって魔王たちの行く手を阻む。

 一瞬たじろぐ相手の隙に、ラグウェイが指向性を決定させた爆薬を一斉に投げつけた。


「ぶっ飛びなぁ!」


 ラグウェイの爆撃で、呪氷の棘が一斉に発射される。呪氷の散弾と化した攻撃を至近距離から受けて、思わず魔王たちが一斉に悶え苦しんだ。魔王がどんな再生能力を持とうと、呪氷の一撃を受けて全く凍らない魔王など存在しない。

 その苦しむ一瞬の隙を突いて、レクサスが魔王の間を縫うように駆け抜け、弱点と思しき場所を一斉に攻撃して、10体以上の魔王にとどめを刺した。


「ちゃんと死んでくれっすよ?」

「今だ、一度離脱して態勢を整えろ!」


 ルイの号令の元、ヴァルサス以外の面子が一度引こうとする。その様子を見て、グロースフェルドは慎重な選択をする仲間の決断と行動に満足気に頷いた。

 だがその瞬間、グロースフェルドとレクサスの表情が俄に険しくなる。レクサスの危機感知能力が、かつてないほどに警鐘を鳴らした。


「背後ぉ!」

「!?」


 誰とは言わず、レクサスが叫んだ内容に反応できない者はブラックホークにはいない。ただカーラ率いる運送屋部隊は別だ。最後方にいて反応の遅れた者の1人が闇に連れ去られるのを、カーラは確かに見た。だが、闇の中から出たのが腕だけで、その腕の持ち主が見えなかったのはどういうことか理解はできない。周囲には一切敵の気配はなかったはずなのに。

 同時に、ヴァルナが別の穴に引っぱり込まれたのをレクサスが目の端で確認した。センサーでもあるヴァルナが引きずり込まれるように不意を打たれるのを、レクサスは初めて見た。あれは致命的になる。そう直感したレクサスは、思わず走り出していた。

 同時に、ルイの目の前に突然女の顔が出現した。いや、巨獣の軍団の向こうに場違いなドレスの女が入ってきたことは目の端に止めていた。だがそれが突然、顔だけが目の前に出現したのだ。見れば、首が入り口からぬるりと一瞬で伸びてルイの息がかかる距離にある。貞淑に蛇の髪を結い上げた女は、無邪気に笑った。


「一緒に踊ろ?」

「――踊りは苦手だ!」

「姐さん、そいつ任せたっす!」


 レクサスも当然その奇妙な敵には気づいている。だがルイを良く知るからこそ、レクサスはルイにその敵を任せた。自分も一緒に戦えば圧倒的に有利にことを運べることがわかっていて、それでも自分の戦場はここではないと判断したのだ。

 ルイが返事をする前に、レクサスの姿はもうなかった。ルイはそのレクサスの反応と信頼を心地よく思う。普段はどうあれ、一番肝心な場面で自分を戦士として信頼してくれる副官のことを、信頼しているのだ。


「踊りは苦手だが――頼まれたからな。踊ってやらんでもない」

「やったぁ!」

「ただし! 踏まれても斬られても、文句は言うなよ!?」


 ぱんぱんと手を叩いて喜ぶ敵を前に、ルイが剣を構えた。その目の前で、淑女に見えた女の腕が、首が、脚が、メキメキと音を立てて伸びていく。



続く

次回投稿は、8/25(木)7:00です。

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