開戦、その75~迷宮攻略⑥~
彼らは上半身こそ様々な種族だったが、一様に下半身が四足で、巨大で、そして全員が武器を地面に突き刺し、不動の姿勢で整列した状態から微動だにしていなかった。ブラックホークがここを通ることを理解したうえで待ち伏せしていたのだろうが、来るまでたとえ一日中でもこうしていそうなほどの落ち着きぶり。なのにその全身からは蒸気が立ち上り、既に戦闘準備は万全であることを感じさせるだけの濃厚な戦いの気配を放っていた。
その威容だけで城を一飲みにしそうな戦士団。数は100を下るまい。さしものブラックホークの猛者共も思わず歩みを一歩止める中、メルクリードだけは一度も歩みを躊躇させることなく広間に進み出る。
この洞穴の道のりは決して楽ではない。それをどの魔物も知っているからこそ、ここに馬で乗り込んできた騎士の姿を見て、さすがに少しざわめきが起きた。彼らは魔物ではあるが、クベレーの先兵としてこの工房を守るために動いてきた、いわばクベレーの騎士。その彼らが初めて目にする人間の騎士だったのだ。
先頭にいた一際大きな深紅の牛頭半馬の戦士が、巨大戦斧を持ち上げると数歩前に進み出る。
「俺の名はグリブル、ここの守備を預かる戦士団の隊長だ。ここまで騎馬で踏み込む猛き騎士よ、名を伺いたい」
「礼儀正しい魔物、いや戦士と呼ぶべきだな。我が名はメルクリード。カラツェル騎兵隊赤騎士隊の隊長だ。人呼んで、血戦のメルクリード」
「二つ名か――良きものだな。俺もいずれ呼ばれてみたいものだ。さて、騎士とならば本来なら陣立て、一騎打ちのどちらかを申し込むのが筋だろうが、生憎とそういうわけにもいかぬ。ここは全力で叩き潰させていただくが、よいか?」
「無論だ。戦いは常に悲惨で、無慈悲なものだ。騎士道ごっこはオーダインのいるうちは付き合うが、そうでない時はあまり性に合わぬのだよ」
メルクリードの言葉に、グリブルの太い眉がぴくりと反応する。臨戦態勢に入ろうとしていた配下たちに向けて手を挙げ、一度その動きを制する。
「オーダインとな? 最初の騎士オーダインのことか?」
「俺の言ったオーダインはその後継者だが、最初のオーダインも知っている。それがどうかしたか?」
「俺の憧れだ」
「またか・・・」
メルクリードは顔を片手で覆った。どこに行ってもオーダイン、オーダイン、オーダイン・・・まさか地下深く、こんな迷宮の奥で遭遇する魔王までもがその名を口にするとは思わなかった。だがそこまで高名になったことを喜ぶべきだと周囲は言うだろうが、本人が望まぬことを、誰よりもメルクリード自身が知っている。
だが何かの手札には使えるかもしれないと考え、メルクリードは一応質問することにした。
「オーダインのことをどこで?」
「人間世界の英雄譚の最たるものだ。誰でも知っていよう」
「編纂された時期と、対象年齢でやや物語が違う。いつの、どこのものだ?」
「大陸英雄列伝の第3版のはずだ」
「一番大手の、改稿版か・・・ならば当たり障りのない話ばかりのはずだな。おい、他の話に興味があるか?」
「当然、ある!」
グリブルが堂々と言い切ったので、メルクリードは思わず口元から笑みがこぼれた。なんと言うことはない。自分だってオーダインの話を求められて、嬉しいのだ。
「条件が一つある。俺とお前、一騎打ちだ。戦いながら語ってやる。10合程度では死んでくれるな?」
「それは重畳、受けいでか。では我々は場所を変えるが、その間他の者に待っていろとなどとは言うまいな?」
「当たり前だ、勝手に盛り上がっていろ」
メルクリードはヴァルサスの方をちらりと見ると、ヴァルサスは小さく頷いていた。このグリブルはただの無骨な騎士狂いように見えるが、正直この場の残りの全騎士よりも危険なくらいの存在感を放っている。
本当にオーダインの話を聞きたいだけとは限らないが、離れてくれた方が互いにやりやすそうだとは思っていた。少なくとも、ここに残って指揮を執られる方が余程厄介なはずだ。
そしてメルクリードとグリブルが脇道から出て行ってしばらくすると、戦いの喧騒が背後から聞こえてきた。それでも互いにもう背後を見ることしなかった。既にこちらの戦いも始まっているのだ、他の事に気を取られる程愚かではない。
そして先の広間ほどではないが、それなりの広さの場所に出ると、どちらとなくそれなりの距離を取って対峙する2人。グリブルは巨大戦斧を、メルクリードは槍を構える。
「――改めて、魔王戦士団戦士長グリブルだ」
「カラツェル騎兵隊、赤騎士メルクリードだ」
「ではいざ、尋常に――」
「勝負!」
2人の騎士は、まずは全力で地面を蹴っての手合せを望んだ。
続く
次回投稿は、8/23(火)7:00です。