開戦、その74~迷宮攻略⑤~
「背後から誰か来るね」
「いやー、おかしいとは思っていたんですけど。ヴァルナ姉さんが反応するってことは、やっぱり本当にそうかぁ」
彼らの視線は同時に元来た道に向けられていた。何人かが身を乗り出しかけて、そして止めた。彼らが焦っていれば、先に敵の接近を告げるはずだからだ。
仮眠を取っていたヴァルサスがいつの間にか体を起こし、ゆっくりとレクサスに問いかけた。
「知り合いか、レクサス?」
「うーん、多分? なんでそう思うっすか?」
「勘だ」
「俺も勘っす」
「あんたらさぁ・・・センサーの前でセンサー以上の精度を誇る勘の話をするんじゃないよ」
ヴァルナの不満を苦笑しながら聞き流す2人だが、そうしてしばらくすると、なんと馬蹄の音が聞こえるではないか。さすがにブラックホークの面子もぎょっとして顔を見合わせる中、松明の明かりの下に見えたのは、愛馬ディオダインに跨って悠然と歩いてきた赤騎士メルクリードだった。
「ふむ、ようやく追いついたか」
「カラツェル騎兵隊の赤騎士さんじゃないっすか。どうしてこんなところに?」
「理由はもちろん話すが、その前にヴァルサスはいるか?」
「ここだ」
ヴァルサスが立ち上がると、メルクリードは愛馬ディオダインの鼻先をそちらに向けた。
「俺がここに来た意味はわかるか?」
「アルフィリースの依頼以外という意味でか?」
「そうだ、人のつながりとは便利なものだな。アルフィリースという共通の知人を通じて、私に依頼があった。ここに来たのは伝令も兼ねている」
「伝令・・・誰だ?」
「ドライアンとミレイユだ。ついでに言うなら、アルマスの遺恨も含むだろうな。アルフィリースがシェーンセレノ、つまりはサイレンスを追い詰めたせいで尻尾を晒してくれた。そこまで言えばわかると思うが、まだ情報が欲しいか?」
メルクリードの言葉にヴァルサスはしばし黙り込み、やがてはっとしたように顔を上げた。その表情は既に何もかもを理解したようだったが、事情が呑み込めない周囲の団員たちは全員が首をかしげていた。
「俺が戻るまでは大丈夫なのか?」
「さすがにドライアン、ベッツ、それにチャスカとヴァイカまでもがいる。奴とて下手な動き方はできないだろうさ。カラツェル騎兵隊は引き上げさせたがね」
「わかった。だがお前たちはそれでよかったのか?」
「どうせ凍結した雪では、騎兵隊の機動性は活かせん。俺たちはアルフィリースの依頼に従って、別の戦場に移動する」
「お前はここでいいのか? 伝令というだけでここに来はすまい」
「むしろ私がいた方がいいと思うが? 最悪、君の決断次第では私が代行をするつもりだった。ここにいる仲間にしてみたら不服だろうが、不足だとは思わん。特に、こういうわけのわからん異形が相手なら、私のような者はおあつらえむきだ」
同意するようにディオダインがブルル、と鼻を鳴らしたので、ヴァルサスはふっと笑ってメルクリードを歓迎した。
「では共に戦うとしようか、赤騎士殿」
「さっさと終わらせた方がよかろう。ここまで目印があったからよかったようなものだが、それでもディオダインの足で一日半かかった。休息を取りながらの集団行動だと、3日はかかるはずだ。食料が底を尽くのではないか?」
「その通りだ。途中にはまだ口にできる魔獣が相手だったが、今や魔王どものような異形ばかりが相手となった。流石に奴らは煮ても焼いても食える気がしない」
「賢明だ。まずは正面だな、ここに間に合ってよかった」
全てを見透かしたように歩を進めるメルクリードにヴァルナがはっとすると、その横に並走する。
「待ちなよ、赤騎士殿。この先はまだ斥候が――」
「いらんよ。これほど敵意丸出しで待ち受ける相手が、罠など張ろうはずもない。ま、他の奴がいたらそれもわからんがな。敵意の方に歩いて行けば道はわかるし、どのみち回り道をしても戦うことはどこかで避けられんさ」
「そりゃあそうかもしれないが」
ヴァルナが面子が潰れたとでも言わんばかりに苦い表情をしたが、メルクリードがそんなヴァルナを慰めるようにふっと笑った。
「案ずるな、先陣は俺が切る。それより周辺を警戒していてくれ。卑怯な輩が敵にいれば、確実に紛れて狙ってくるぞ」
「わかったよ」
「さぁ、どんな奴が相手かな?」
どこか戦いを楽しみにしているかのように、メルクリードが笑った。そして彼らが目にしたのは、巨大な空洞にて隊列を作って待ち受ける、巨大な騎士のような姿をした異形の群れだった。
続く
次回投稿は、8/21(日)7:00です。