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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
240/2685

加護無き土地、その5~暴走するのは~

***


「うおらあああ!」

「張り切りすぎた、ミランダ!」

「し、る、かぁあああ!」


 その頃、外ではミランダとエアリアルが陽動のために大暴れをしていた。ミランダの場合はアルフィリースを攫われた事に対する憂さ晴らしも入っていたが、少なからずエアリアルも同じである。今宵のエアリアルの殺気は凄まじい。あの魔物の肉で育てられた犬も、シルフィードにまたがり髪が逆立つほどの殺気を見せるエアリアルを見ると、情けない声を上げて逃げ出す個体が多数いた。

 といっても町人をむやみに傷つければ彼らも本気になるため、ミランダが狙ったのは主に建物であり、エアリアルも人は打ちすえるにとどめ、犬を中心に倒して回っていた。なお魔術が使えないと戦えないラーナや、グウェンドルフ、イルマタルは街の外で待機している。


「こういう時にニアがいればな!」

「ないものねだりをしてもしょうがあるまい?」

「わかってる!」


 ミランダが同意と共に、建物の支柱をメイスの一撃でへし折る。


「崩れるぞ!」


 建物から走り出ながら、ミランダの一声で全員が建物から離れて行く。めりめりと音を立てながら、建物が大きな音を立てて崩れ落ちた。


「これで13軒目か」

「よし、次だ!」

「いえ、その必要はありません。アルフィリースの救出は済んだようです」


 エアリアルの背中にいるリサが、センサーで感知したことを告げる。


「アルフィは無事なのか!」

「ええ、どうやら走れる程度には」

「では打ち合わせ通りか、リサ?」

「はい。アルフィリース達と合流後、東に向けて脱出です」

「よしきた!」


 ミランダが液体を自分達の後方に向けてばらまき、近く町人が落とした松明を投げ入れると、炎が凄まじい勢いで上がる。特殊な燃料の一種である。それで町人を遠ざけ、自分達は脱出しようという寸法だ。


「くそ!」

「水を持って来い!」

「南だ、南から回り込め!」


 町人達も彼女達を逃すまいと、必死の形相で叫ぶ様子が炎に照らし出されていた。


***


「アルフィ!」

「ミランダ!」


 ほどなくして合流するアルフィリース達とミランダ。ミランダは思わず会うなりアルフィリースを力いっぱい抱きしめたので、あまりの怪力にアルフィリースの体が軋む。


「ぎゃあああ。痛い、痛いってばミランダ!」

「あ、つい」

「つい、じゃないわよ!」


 アルフィリースが涙目で訴える。その後ろから、リサの倍近い大男がのっそりと現れたことに気が付き、ミランダは思わず「きゃあ!」などと可愛らしい悲鳴をあげてしまう。


「敵か!?」

「大丈夫よ、エアリー。彼は私の傭兵団に入ってくれるんだって」

「なんと!?」

「アタシがいないところで、何やってんだアルフィは」


 転んでもただでは起きないアルフィリースに、少し呆れるミランダ。その彼女を見て、多少意地の悪いような、得意げなような顔をするダロン。


「と、いうことだ。俺の名前はダロンだ、よろしく頼む。ところで、この傭兵団は女子供だけか?」


 ダロンがミランダ達を見ながら、少し不安そうな顔をする。


「今のところはね。でも、彼女達はそんじょそこらの男より、かなり強いわよ」

「ほう、それは楽しみだ」

「それより早く行きませんか。ここも包囲されつつあります。屋根の上にも伏せ勢がいるようです。すぐここを離れましょう」

「わかったわ」


 リサの警告にアルフィリースがその場を離れようとした時、頭上から聞こえる声がある。


「あるふぃー!」

「エメラルド!」


 エメラルドが反泣きになりながら、アルフィリースに猛突進してきた。その勢いに、思わず地面に引き倒されるアルフィリース。


「ちょっと! エメラルド?」

「あるふぃ、ユーノ、オーラート?」

「え? う、うん。大丈夫」


 アルフィリースは四六時中エメラルドがまとわりついてくるので、なんとなくその言葉の意味は理解しつつあった。エメラルドも同様に、アルフィリース達の言葉を覚えつつある。片言なら、「オハヨウ」「オヤスミ」くらいなら言えるのだ。

 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。


「エメラルド、私は大丈夫だから、少し離れて!」

「ヤー!」

「エメラルドってば!?」


 エメラルドはぽろぽろと涙をこぼし、アルフィリースを見つめている。自分のせいでアルフィリースが大変な事になったと、余程思いつめていたらしい。それに、エメラルドにはまだ細かい戦闘などの打ち合わせはできていないし、彼女が場をわきまえずこのような行動に出たとしても無理はない。

 だがそうこうしてもたつくうち、町人達はよい機会だとばかりに、四方の屋根に上った連中から矢が射かけられる。


「上です!」


 リサの叫びと同時に、矢が何本も飛んでくる。既に状況を想定してアルフィリースとエメラルドを中心に円陣を組んでいた彼女達は必死に応戦するが、彼女達の意識の合間をすり抜けるように、その内の一本がエメラルドめがけて飛んでくる。


「危ないっ!」

「あるふぃ!?」


 アルフィリースは、エメラルドと体の位置を入れ替えるように彼女を庇う。そして矢はアルフィリースの肩に命中した。


「うっ!」

「アルフィ!?」

「ヤー!!!!」


 エメラルドの悲痛な叫びが街に響いた。傷はそれほど重症でもなかったが、エメラルドにはそこまでの判断は一瞬ではできなかった。ただ彼女の目には、アルフィリースが自分を庇って傷ついたという事実と、アルフィリースの肩から流れる血だけが目に入っていた。そしてアルフィリースの肩から流れる血のように、エメラルドの思考も怒りで真っ赤に染まる。


「アルフィ、無事?」

「なんとか。そこまで深くないと思う」


 ユーティが飛んでかけつけてくるも、エメラルドの体から立ち上る電撃に弾き飛ばされる。


「きゃあっ!」

「ユーティ!?」

「ユーノ・・・あるふぃ、インジャー・・・ユーノ、イレース!」


 次の瞬間、エメラルドが怒りに任せてインパルスを引き抜く。それは、彼女が族長から決してしてはいけないと言われた事。精霊剣の所有者は、誰よりも精神的に強くなくてはいけない。精神が弱ければ精霊剣に思考を占領され、我欲が強すぎれば精霊剣を汚染する。誰よりも精霊剣の怖さを教えられ、族長の言葉を大切に守ってきたエメラルドだったが、アルフィリースを目の前で傷つけられ、彼女は長老の言葉も思考の彼方に消え去っていた。

 その時、抜き放たれたインパルスが周囲に迸る雷撃と共に、その形状を変えていく。


「きゃああ!」

「なんだあれは!?」

「いいから離れろ!」


 アルフィリース達が離れようとするも、呆然としたエメラルドはインパルスを手放せない。


「い、いんぱるす?」

「エメラルド! こっちに来なさい!!」


 アルフィリースの声に反応したが、剣がどうやっても手から離れないようだ。その時アルフィリースは止めるミランダの手を振り払うようにエメラルドに駆け寄り、手にレメゲートを握っていた。どうしてそのような行動を取ったかは、後になってもアルフィリースは説明できなかった。

 そしてまた、アルフィリースはレメゲートを鞘から抜こうとしなかった。これは抜くものではないと直感したのだ。


「(叩き・・・つけるっ!)」


 鞘ごとインパルスにレメゲートを叩きつけようとした瞬間、レメゲートが『変形』としか言いようのない形態変化を起こす。

 鞘が液体のように、ぐにゃり、と歪んだかと思うと薄く長く伸びたのだ。通常の剣の大きさから、長刀にも近い形へと変形する。


「セイッ!」


 アルフィリースは無我夢中でレメゲートをインパルスに叩きつける。するとエメラルドはインパルスから弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「きゃんっ!」

「エメラルド!」


 アルフィリースは慌ててエメラルドの方にかけつけるが、その後方ではインパルスにさらなる変化が起きようとしていた。


***


「グウェンドルフ様」

「なんだい、ラーナ」

「何をしておいでで?」


 街の外、アルフィリースを首尾よく救出できれば逃げてくる予定の場所で、ラーナ、グウェンドルフ、イルマタルの三人、いや一人と二頭は仲間を待っていた。既に時刻は夜半を回っていたので、幼いイルマタルはすやすやと寝ている。

 その傍らで、グウェンドルフはなにやら魔術を行使しているようだった。地面に自分を中心に円を描き、手のひらサイズの石を不規則に並べ、魔術を使用している。魔法陣がうっすらと光っているので、何やら魔術を使っているなとわかる程度のものだった。

 グウェンドルフは瞑想をするように目を閉じたまま、ラーナに返答する。


「これはね、精霊の声を聞きやすくするための魔法陣さ。かなり簡素ではあるけどね」

「精霊の声を?」

「そうだよ。どうにもこの土地の様子は変でね。この土地の過去を精霊に聞いてみようとしているんだ。私に精霊の声が聞こえないなど、普通はあり得ないんだが・・・」


 グウェンドルフは口調とは裏腹に、かなり集中しているようだった。額にはうっすらと汗が滲んでいる。


「(おかしいな・・・いかに久しぶり、かつその辺の石を使った簡素な魔術とはいえ、全く精霊の声が聞こえないとは? こんな事はどれほど寂れた土地でもなかった。たとえ戦争で土地が荒もうとも、それなら闇の歓声や土の悲鳴が聞こえるはずだ。なのに何もないとは・・・これが1000年ほど前にマイアが言っていたことか? もっと彼女の話をよく聞いておけばよかったな・・・む?)」


 グウェンドルフが魔術の効力をかなり広範囲にまで広げると、ようやくひっかかった精霊がいる。どうやらそれらから話が聞けそうだった。


「なるほど・・・なるほど、そういうことか」

「グウェンドルフ様、何かおわかりに?」


 ラーナはフェアトゥーセに育てられた身の上であり、真竜を崇拝する立場に近い。だからいまだにグウェンドルフには「様」をつけてしまう。もっとも、他の仲間が彼に遠慮しなさすぎるのかもしれないが。


「ああ、実に不幸としかいいようがないことがわかったよ、ラーナ。あの土地は・・・」


 そうしてグウェンドルフは、ラーナに自分が得た情報を話すのだった。



続く


次回投稿は、6/16(木)15:00です。

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