開戦、その73~迷宮攻略④~
「戦略上は賛成できぬ。結果として使い潰すことになると思うが、それでもよいか?」
「はっ! 我儘もせめてもの手向けに、敵に深い手傷を負わせてやりましょう!」
グリブルはその一言と共に、自らの手勢に向けて「出陣だ!」と声をかけると、そのままその場を去っていった。
グリブルがいなくなった後に残されたのは、4体の配下。俯いたまま無言でナイフを複数お手玉する黒いゴブリン、クベレーに対して敬意の籠った煌めく視線を投げかける立派な口ひげを蓄えたオーク、血色の悪い灰白色の人間の体に花のような咲き誇る触手の頭を持つ奇怪な男、お洒落な蛇髪を結い上げまるで貴婦人のようなドレスに身を包んだ妙齢の女性。
奇怪な男、パンゲロスが進み出て恭しく父であり主でもあるクベレーに頭を下げる。
「グリブルの奴、全滅させるとは言いませなんだな」
「彼我の戦力差を読めぬ奴ではないし、見栄を張ることもない。全滅は無理だと、本能が告げるのだろう。だからこそ、深い手傷を負わせると言えば信頼ができる」
「本当に使い潰すので?」
「外に出している私の視覚で確認したところ、敵はブラックホークだ。人間の最精鋭として、かつてアノーマリーが作り出した魔王を何度も屠った猛者たちだ。いかにお前たちが普通の魔王など比較にならぬほど強力だとしても、早々倒せるものではあるまい」
「では、いかがなさいますか? 迎撃する、それとも・・・」
パンゲロスはあえて口にしなかったが、クベレーが見栄などにこだわらず、必要とあらば逃げ出すことも厭わない性格だとは知っている。だが堂々と配下の手前そう言い難いことも考慮した上の発言だ。
クベレーは少しの間考え込む。黒の魔術士の計画は、アノーマリーからおおよそその全貌を聞いていた。そしてそれが達成された後にこそ、本当に必要な変化が訪れることも。もしカラミティやブラディマリアが黒の魔術士の軛から解き放たれるのとしたら、相応の準備が必要なことも理解している。そのために『アレ』の危険性を承知で引き入れ、治療を施しているのだ。
クベレーは閉じていた瞳をゆっくりと開くと、天井と地面に刺していた柱のように太い触手を引き抜きながら動き出した。
「迎撃だ。私もやろう」
「なんと!? ではこちらも全力でやらねばなりませんな。全ての檻を開け放ってようございますか?」
「構わん、出し惜しみはなしだ。ブラックホークごとき人間を恐れていては、ここから先に訪れる激変の時代を生き延びることなどできはすまい。私はここまで相手が到達した時のことを考え、少し戦場と体を整えておく。各々特異な方法で奴らに迎え。決して互いの足を引っ張るなよ?」
「承知しました。では私はこのレディめと協力して敵に当たります。ダンディ殿はいかがされるか?」
「当然、吾輩めは個人で戦わせていただこう。ただ、近くまで送ってくれると助かるのだがね?」
ダンディと呼ばれたオークは口髭を撫でながら、尊大な態度でパンゲロスに胸を張った。ダンディは方向音痴なので、生まれ育ったこの迷宮ですらいまだに迷って数日行方不明になることがある。怒りに任せて破壊しないのはよいのだが、探すこちらの身にもなってみろと苦言を何度も呈したが、全く反省した様子がない。
パンゲロスはふぅとため息をついて、ダンディを敵の目の前に放り出してやることにした。戦闘力だけは頼もしいので、きっと相手を何人かは殺してくれるだろう。できればグリブルではなく、こいつが使い潰されてくれれば嬉しいとすら思っている。
パンゲロスは転移魔術を起動した。
「さて、いっそ全員送るとして・・・おや、サックモンドは?」
「もうとっくにいないぞ。気づかなかったのか?」
「むぅ、いなくなるなら一言くらいかけろと・・・協調性のない奴め」
「その方がサックモンドは良い働きをするだろう。奴は影に紛れてこそ本領を発揮する」
「正論をお主に言われると腹が立つな」
「なぜだ?」
そんな2人のやりとりをレディは無言のまま笑顔で見守りながら、3人揃って転移でクベレーの前から姿を消した。いなくなって静かになると、個性豊かな彼らとの会話をどこかで楽しんでいた自分がいることに改めて気づいたクベレーは、自分の心境の変化に驚いていた。
***
「敵の攻勢が止んだ、か?」
「だといいがな」
カーラの意見に、ラグウェイが率直な感想を返す。ここまで魔王級の相手に遭遇すること、数十回。そのどれもが未知の魔王で、ここまでの所見と対策を記載するだけで、魔物手引書が一冊作れそうだなとすらカーラは思う。
死者なし、重症者は全てグロースフェルドが治してしまった。グロースフェルドの魔術はアルネリアの回復魔術とは違うそうだが、複数の属性による治療を行使し、切断肢すらもほとんど一瞬で繋げてしまう精度を誇る。一瞬で全身を溶かされるとかでないかぎり、グロースフェルドがなんとかしてしまうのだ。もっとも、この面子に即死攻撃を食らうような間抜けはいないが、運送屋部隊はそういうわけにもいかないので、しっかり守ってもらわないといけない。
途中でラグウェイ、ドロシーがそれなりの手傷を負い、休息を挟んだ以外は順調だ。改めてこの面子の対応力と戦闘力には、カーラも恐れ入っている。傭兵稼業、冒険者稼業や迷宮で命を吸われるように亡くなっていく若者を見てきたカーラにとって、ブラックホークこそが異質だ。普通ならばこの迷宮攻略は『凍結依頼』として、ギルドでもなかったものとして扱われる可能性が高いというのに、確実に、的確にここまで探索を継続している。カーラはここまでの地図を書き起こしながら、そんなことを考えていると、ヴァルナとレクサスがほぼ同時に反応した。
続く
次回投稿は、8/19(金)8:00です。