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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その72~迷宮攻略③~

***


「・・・来たか」


 ヴァルサスたちが攻略を進める迷宮の最深部で、クベレーがゆっくりと目を開いた。迷宮の最深部、黒の区画と呼ばれた場所の最奥。オーランゼブルがアノーマリーを仲間にした際、最初に与えた工房とは別に、アノーマリーが自ら探し出して工房とした、魔王製作始まりの場所。

 ここでアノーマリーは禁忌の実験を繰り返し、やがてクベレーや自らの分身を産むに至る。アノーマリーの研究とはすなわち、生命の書の創造と作成。オーランゼブルに依頼された魔王の作成など、副産物とおまけにすぎない。アノーマリーの目標は最初から生命の書にしかなく、そのための資金源と、資材の提供としてオーランゼブルはこの上なく上等の顧客だった。彼を得て、アノーマリーの研究は軌道に乗ったが、小規模の実験なら彼は以前から繰り返していたのだ。

 ではオーランゼブル以外に彼を支援する者がいたかといえば、実はいた。それはある国の為政者だったり、禁忌に手を染めた富豪だったりしたそうだ。一番最近では、なんら変哲のない人間だったような気がするが、その人物に関してはアノーマリーは詳しく語ってくれなかった。それが誰かをクベレーはうっすらと覚えているが、口にしたことはない。男女一人ずつだったような気もするが、その頃クベレーは作成されたばかりで意識も朧だったし、おしゃべり好きなアノーマリーが隠すくらいだから、口にすると自らの運命にも関わりそうだとクベレーは直感した。結局、自分が自我を持ってからは、彼らは訪れた記憶がない。

 というのも、彼らが来てからアノーマリーの本体はここに居つかないようになり、やがて自分という存在に次々と能力を付与し、自身の代わりができるようになるとアノーマリーは満足気に頷いた。


「ここは任せたよ、クベレー。キミには生殖能力も与えておいた。好きなように実験を行い、キミはボクとは別の生命の書を創造するがいい。この世にどんな混乱を与えようともね」

「父さんはどこに行くの? ボクと一緒にこの世を混乱に陥れるんじゃないの?」

「ボクの目指すところは違う。黒の魔術士が引き起こす混乱は、過程に過ぎない。その先にこそ、ボクの目指す理想がある」

「理想って?」


 その問いかけに、アノーマリーは気色の悪い笑みを浮かべただけだった。だが見た目が気色悪いだけで、彼にしてはうっとりと理想を追い求める時の、恍惚とした表情だったかもしれないと、後にクベレーは分析する。他人の感情に関する考察と研究をもっとしておくべきだったと、少しだけ後悔した。

 あの時、自分は寂しかったのかもしれない。創造主であるアノーマリーに見捨てられたような気がしたし、何を目指せばよいのかという指針を何も与えられなかったことに不安を覚えた。黒の魔術士が求める実験の成果はほとんど完成しており、アノーマリーは完成した一部の結果をあえて凍結し、黒の魔術士には渡さず秘匿することとした。そのことにはクベレーも同意したし、これ以上黒の魔術士に戦力を渡すわけにもいかなかった。では今ある魔王の製造方法が生命の書でなくば、何が生命の書だと言うのか。

 指針をなくしたクベレーは迷い、そしてやがて自らが王となるべく自己進化した。ここが使われなくなったオークの保存場所として遺棄される直前、アノーマリーはまだクベレーの分身を作り、ノースシールへと工房を移転した。分けられた分身はセカンドと名付けられたようだが、クベレーは既に独立した個体として、引き続き実験を継続するようにとアノーマリーは告げて去っていった。その頃には寂寥感は既にクベレーにはなく、行く道がそれぞれ分かれたのだと確信した。

 その後、クベレーはアノーマリーすら敵と認識するようになった。仮にアノーマリーが自分を廃棄しようとした場合、どのような手段で防備するべきか考えぬいた。生命の書がこれで完成でないのなら、何をもって完成とすべきか。クベレーは実験と考察を繰り返す。オーク共に知恵を与え、相争わせ、人為的に王種と生み出すような手法を開発した。魔物の長所は、誕生後にも環境の影響を受けやすく、進化しやすいことだ。同様のことを他の魔物を使って検討し、強い種を残す。クベレーはこの黒の区画に自らの王国を築きつつあった。

 クベレーは知っている。黒の魔術士の恐ろしさを、そして生みの親であるアノーマリーの恐ろしさを。世界は自らにとって憧れの存在であると同時に、制圧すべき敵でもある。クベレーは思う。いつかこの手に世界を掌握してみたいと。そのためには彼らを倒す戦力が、戦略が必要だと考えた。

 そのための一歩を、誰にも築かれずここから始めてやると決意し、初手を打って敵の出方を見た。先のオークの軍団に知恵と指針を授け、人間の世界に解き放ったのだ。様子は使い魔を通して彼らがどうなったかまで一部始終を確認した。まさか直々に指導した軍師役のオークまでもが人間に壊されて余計なことまで全て暴露する羽目になるとは思ってもいなかったが、念のために自分に関する記憶を全て破壊しておいてよかったと思う。やはりオークなど、いかに優れた個体を作ろうとも信用ならないものだ。

 クベレーは身じろぎをした。同時に大地が揺れ、周囲に控える者たちがびくりと体を震わせる。彼らはクベレーを恐れている。アノーマリー以上の狂気を備え、情け容赦なく機械的に実験を繰り返す『父』を、誰よりも恐れているのだ。ゆえに、求められない限り声をかける個体などほとんどいない。クベレーに迫る数個体を覗いては。


「父よ」


 牛頭半馬の巨漢が進み出た。深紅の体躯をした個体は闘争心を漲らせ、クベレーに正面から物申すことができる。配下たる他の魔物にも声をかけ、彼らを率いて集団戦をする知能も持ち合わせており、また信頼されてもいた。

 その個体が、恭しくクベレーの前で跪いて頭を垂れた。クベレーは目を細めてその個体を見る。自らに情なるものがあるとは考えてはいなかったが、この個体は忠実で我慢強く、そして自らを父として信頼してくれているようだ。クベレーとて悪い気はしなかった。


「どうした、グリブルよ」

「既にお気づきとは思いますが、侵入者です。可能であれば配下を率いて、集団戦が展開できる場所で迎撃したいと思いますが、許可をいただけますでしょうか」

「許す。だが、それまでに放ってある魔王どもでは撃退できそうにないか?」

「どうやら人間にしては相当に練度の高い戦士の様子。戦士として、彼らと戦ってみとうございます」


 クベレーは再び目を細めた。教育用の素材としていくらか人間の情報も与えてはいるが、その中にあった騎士の英雄譚を、このグリブルが何度も目にしていることを知っている。自らの中にまったく存在しない感情や嗜好を持つこともあるのだと興味深く放っておいたが、どうやらかなり重症のようだ。戦略を度外視してそのような申し出をするとは困ったものだが、不思議とクベレーは悪い気がしなかった。



続く

次回投稿は、8/17(水)8:00です。

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