開戦、その71~迷宮攻略②~
「オークの軍団の、本来の生息場所はここか」
「だろうな。あいつらが掘り進めていたんだろうよ。こんな歩きやすい大迷宮、人為的にできるものかよ」
「人間が歩くにゃ余裕があるのも納得っすね」
「となると、あのオークの軍団を率いていた連中とは別に、この迷宮を造るように指示した奴がいることになるな。誰だ?」
ルイの疑問に、ヴァルナが即答する。
「誰かはわからなくっても、迷宮を造る奴の目的は常に同じさ。何か隠したいものがあるから、そしてそれは一番奥にある。違う?」
「オークの群れ100万を使役してでも隠したいものか。考えたくもないね」
「敵が――」
カーラが飽き飽きしたとでも言いたげに吐き捨てたが、そこにダンダが口を挟んだ。
「敵が、つ、強すぎると思うだ。何と戦ってもひ、一回り以上強い。ただの迷宮じゃあこうはならないんだな」
「ダンダ、お前はどう思う? この迷宮について」
ヴァルサスが珍しく他人に意見を求めた。ダンダの思考と判断は3番隊の生命線になることもある。ダンダは少し悩んだ後、答えた。
「お、王族の脱出経路ってことは、だ、誰も知らないんだろ? も、もしここが魔王の工房なら、つ、都合がいいなぁ。通る奴は殺せるし、ひっそりとけ、研究もできるんだな」
「なるほど、それは俺も考えていた。このあたりは最初から、最大の魔王の工房があるだろうと睨んでいた場所だ。ルイの助言を経てローマンズランド王族の隠し脱出経路ではないかと思ったが、両方という可能性もあるな。だからか、アルフィリースが俺たちに依頼をしたのは」
「最初から、そう読んでいた?」
「その可能性がある場合、生存できるのは俺たちだけだと考えていたのさ。だから俺たちに依頼を出した。悪い方の想像が当たっているようだな?」
ヴァルサスの言葉を受けて何人かが呆れたようにため息をついたが、カーラが砂時計を落ち切ったのを見て、合図をする。光の射さない場所では、この砂時計が時間経過を知る生命線だ。光が届かない場所だからこそ、規則正しい行動をしなければ、精神の均衡を崩しかねない。
「時間だ、皆。先に進むよ」
「続きは行動しながらだが、問題はここが魔王の工房だとして、稼働していると思うか?」
「・・・しているだろうねぇ」
今まで黙っていたグロースフェルドが指さした光を灯した先の広間には、黒塗りの鉱石のような巨体に、二つの鳥頭を乗せた巨人。手には巨大戦槌を持ち、涎が地面に落ちると熱で蒸気が上がる。
それを見た一行は驚くでも戦くでもなく、それぞれの武器を構えた。
「一月かけた迷宮探索が、盛大な前振りっすか。俺たちの戦いはここからだって言いたいのかね?」
「面倒ね、さっさとぶっ殺して先に進みましょう」
「明らかに未知の魔王なんだな。ドロシー、囲んで確実に潰すんだな」
「うっさいね、わかってるよ! ただ期限があるんだろ、アルフィリースの依頼ってのは」
「二月以内の攻略を推奨されていた。遅くとも三ヶ月以内だ」
ヴァルサスは依頼を受けた時のアルフィリースの表情を思い出す。思ったよりも真剣に、そして真摯な表情で依頼された。
表の戦争が黒の魔術士の茶番だとしても、巻き込まれた面子は逃げる手段が必要になる。合従軍側はアルネリアに追従して撤退すればいいかもしれないが、少なからずローマンズランド側についた連中をアルフィリースは最初から救おうとしていた。それはアンネクローゼだけでなく、心あるローマンズランドの臣下や軍人、あるいは傭兵たちもそうなのだろう。これは彼らが脱出路を確保するための戦いで、この成否に下手をすると数千人の命がかかっている可能性がある。だからこそ、アルフィリースは合従軍側ではなく、ローマンズランド側についたのではないかとヴァルサスは考えている。
盤上に示されない、盤外の一手。アルフィリースがそういった手をあといくつ用意しているのか、ヴァルサスは楽しみでもあった。だからこんな緊迫した場面だというのに、凶暴な笑みがこぼれてしまう。この戦いに大勢の命がかかっているとなると、燃えざるをえないなと、ヴァルサスは笑った。人の命を背負って昂るのはいつ以来か。
その様子を見たグロースフェルドとヴァルナは、長年の付き合いでこういう時にどうすればよいか知っている。たまに、ヴァルサスの坊やは戦いに没頭しすぎるのを何度も見てきたから。同時に、戦いに没頭しているヴァルサスを退けることができる者など、見たことなどないことも。
「あいつの背後にもまだまだいるようだ。皆、油断しないように戦闘準備!」
「「「了解!」」」
「やれやれ、簡単には引退させてくれないのね。いつまでも熟女を戦場に駆り出すんじゃないわよ、まったく」
珍しいグロースフェルドの号令で全員が整然と散開し、戦闘を開始する一方で、皮肉とも歓喜ともとれないつぶやきをヴァルナは漏らしていた。
続く
次回投稿は、8/15(月)8:00です。