開戦、その70~迷宮攻略①~
***
「ヴァルサス、一度休憩しましょう」
「もうそんなに経ったか」
「丁度前の休憩より一刻半。半刻休憩を入れて、探索再開っす」
「わかった」
レクサスの報告に従い、ブラックホークの一行はそれぞれが腰を下ろした。べルノーが簡易の結界を張り、ドロシーとダンダが見張りにつく。通路で休憩となると落ち着かないが、広間らしき場所は魔物の巣窟ともなっていることも多く、六刻前に通過した広間まで戻るのも億劫だった。
ヴァルサスを中心とするブラックホークの別動隊――いや、彼らにしてみれば本命はこちらだった。彼らはアルフィリースの依頼を受け、とある迷宮を攻略中だった。
この迷宮自体に目を付けていたのはブラックホークも同様だったので、アルフィリースから依頼があった時にはさしものヴァルサスやルイですら驚いた。利害の一致と、アルフィリースが物資や資金の提供をすることで、合従軍への協力という傭兵としての義務に近い召集からヴァルサスは外れていた。
もちろん義理を果たすために、ベッツを中心とした対人戦が得意な面子を見繕って戦場に派遣している。ここに来ているのは、主に魔物や魔獣の相手を得意とする面子だった。
「カーラ、食料は?」
「食料は補充できたから、10日ほど余裕があるね。飲料水は3日以内に補充ができればありがたいかな」
「承知した」
彼らの荷運びをするのは、0番隊の運送屋カーラ。運送屋として大陸では五指に入るベテラン冒険者だ。ドワーフ出身の女性で、彼女が率いる輸送部隊は長期の迷宮探索を可能とする。彼女が達成した、一年半での迷宮生存時間は未だにギルド最長記録として破る者がいない。
いちおうブラックホーク所属ではあるが、普段は様々な傭兵に雇われて行動している。ドワーフではあるが武器防具よりは、迷宮に必要な小物作成や修理を得意とし、迷宮にあるものを活用して必須な道具を作ることに長けている。同時に料理も上手く、保存食の作成も得意だ。
さらに迷宮探索をする上で必要な人材として、罠解除に優れた女盗賊でありセンサーも兼ねるヴァルナ。双子の魔術士イアンとメアン。爆発物の扱いに優れたラグウェイ。回復魔術を使えるグロースフェルドに、2番隊のルイとレクサス。それに3番隊のゼルヴァー、ドロシー、ダンダ、べルノーが同行していた。全てA級上位の傭兵で構成される、ブラックホークの迷宮攻略おける最強面子だった。
彼らの優れているのは、その精神力。既に迷宮攻略を始めて一月近く経過し、その間一度だけ陽の光を拝むことに成功したが、それ以外は常に闇の中で生活することを厭わない忍耐力。誰一人不平を言わず、黙々と現れる魔獣を狩り、砂時計と体内時計を頼りに休憩を取り、探索を続けることができる。その彼らをもってしても、いまだどのくらい探索が進んでいるのか終わりが見えない大迷宮が今回の相手だった。
レクサスも普段の軽薄な調子は抑えめで、軽食を黙って口に運ぶとヴァルナに質問を投げていた。
「ヴァルナ母さん、そろそろ迷宮も半ばくらいっすか?」
「母さん? 姉さんだって教えたろ、ガキィ」
「いや、だってさすがにそんな年齢じゃ――結婚だってしてるし。ああっ、やめてぇ!」
ヴァルナがレクサスを羽交い締めにして首を絞める。冗談でもレクサスの背後をこうも簡単に取れるのは、ブラックホークにもさしていない。レクサスは元々センサー以上の感覚を備えていたが、迷宮探索のいろはを仕込んだのはこのヴァルナだ。そういう意味ではレクサスはヴァルナに頭が上がらない。
そしてヴァルサスと名前が似ていることで、最初はレクサスはヴァルサスの奥さんがヴァルナだと思っていた。だが全然それは関係がなく、ちゃんとヴァルナは家庭が別にあるらしい。ただその家庭の詳細についてはヴァルサスですら知らず、夫は傭兵とは関係のない堅実な職業で、子どもは2人いて、上の子どもはそろそろ成人するということくらいしか知らされていないようだ。傭兵と、ヴァルナの仕事の危険性を考えれば当然かもしれない。
いつもの調子に何名かの口元から少し笑みがこぼれたところで、カーラが素朴な疑問を口にする。
「ヴァルサス。迷宮攻略に飽きたわけじゃないが、進捗状況はおさらいしておきたい。予定では、一月から一月半で攻略できるはずだった。だがいまだ終わりが見えない。これは想定の範囲内か?」
「・・・違うな」
「ヴァルナ、どう見る?」
「まぁ、明らかにおかしいよね。流石にヴァルサスがこれだけの面子を揃えるだけはあるっていうか。半ば引退していた私まで引っ張り出したのは正解っていうか」
ヴァルナがレクサスの拘束を解くと、神妙な表情で語る。
「この迷宮、拡張してる」
「拡張? 自然にってことか?」
「だっておかしいだろ? これだけ複雑に分岐があって、迷わずに歩けると思うか? 元はローマンズランド王族の脱出路だって言うじゃないか。それがこんな複雑で長かったら、脱出路の意味を成さない。分かれ道なんてせいぜい数か所に数本あれば、追っ手を分散するには十分さ。それが罠も多けりゃ、ヒカリゴケやヒカリグサを途中にばらまいたり植えてこなけりゃ、そろそろ私でも元の道を辿るのは無理になってきた。これだけの迷宮を誰が掘るって? 山いくつかを丸ごと迷宮にするだけの労力、そして管理することがどれだけ大変か」
「たしかに。ここまで全ての分かれ道を確認してきたが、一直線にここまで来ていても2、3日はかかるな。緊急で脱出した場合、水の持ち合わせがなければ脱水で死ぬ状況だ」
ゼルヴァーの意見に、双子のイアンとメアンが頷く。
「ここまで僕たちが氷の魔術で水を精製していなければ、水源すらろくになかったろ?」
「本当さ。ヴァルサスが私たちを連れてきたのは正解だよ。光源だってろくにないし、目印にカーラがヒカリグサの種を植えてなければ、帰り道だってわかりゃしない」
「あと、明らかに人為的に拡張してるよなぁ」
ラグウェイが地面を叩きながら言った。地面は比較的平坦で、歩くのに適している。天然の洞穴は、もっと足場が悪いとラグウェイは語る。炭鉱採掘などで爆発物を扱う彼だから、地質などにも詳しい。
「割と鉄を多く含んだ地層だ。掘り進むにゃ相当の準備と労力が必要だ」
「というと?」
「たとえばオークの工夫が沢山いたら、それは便利かもなぁ」
その言葉に、全員が納得したように黙り込んだ。ここはローマンズランド王族の秘密の脱出経路。それをオークが拡張するということはどういうことか。その答えを誰もが頭の中で考え、おそらくは同じ結論にたどり着いていた。
続く
次回投稿は、8/13(土)8:00です。