表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2394/2685

開戦、その68~消耗戦㉓~

***


「――で、何が起きたかは結局わからないのか」

「はい、残念ながら」


 チェリオとリュンカは青い顔をしながら、ドライアンの天幕の前で跪いていた。彼らの顔が青いのは、寒さのせいだけではない。

 チェリオが回収したカプルの右腕以外に、結局のところ何も見つからなかった。あの後カプルの部隊の者が高台に向かったが、雪に埋もれかけた長剣と短剣を含めた具足一式以外、何一つカプルの部隊の痕跡は見つからなかった。

 既に雪に埋もれた可能性もあったが、高台はそれなりに広く、吹雪が一層強まったためこれ以上の捜索は諦め、引き返さざるをえなかった。念のため剣と具足は回収したが、上等なものではあるものの特徴のある細工や意匠はなく、女物であることがかろうじてわかる程度だった。

 ドライアンは突き上げられるようにして刺さっていたというカプルの右腕をじっと見つめていたが、やがてその指をほぐすように丁寧に開けた。はたしてその拳の中には、黒い羽が3枚握られていた。


「それは・・・?」

「カプルの切り札を知っているか?」

「いえ」

「気功を通した投げ羽を使う。短距離なら、人間の弓矢よりは遥かに強力だろうな」

「では、それを使おうとしてできなかったというこですね。誰かと戦っていたと?」


 チェリオの声が俄に敵愾心を帯びる。だがドライアンはまだ納得がいかないのか、冷静な声色のままだ。リュンカが耐えられないとでも言わんばかりに身を乗り出した。


「誰と戦っていたのですか? それに他の者はいったい」

「そこまでは知らぬ。だが鎧はシェーンセレノの護衛が着ていたものだ。覚えているか?」

「そう言われればそんな気もしますが・・・」

「リュンカは覚えているか?」

「言われてみれば――そうですね、ほぼ間違いありません。何度も天幕で見かけた鎧です。上質ではありますが、量産品だと思いますが」


 リュンカはグルーザルドの補給も担当している。そのせいか、他国の補給部隊とも接する機会があるので、他の獣人よりは人間社会の流通に詳しい。

 そのリュンカがかろうじてわかる程度だ。まして製造元や、どこの軍隊に支給されているかまではわかろうはずもない。

 ドライアンは考えていることがあるが、それを口にするのはさすがに憚られた。確証がないこともそうだが、何より恐ろしい発想だからだ。


「――ミレイユが陣内にいたな」

「え・・・はい。いるにはいますが」

「会おう。リュンカ、連れて来てくれ」

「は、はい」


 リュンカは曖昧な返事をしながらミレイユの元に向かった。ミレイユがいなくなった契機を知っているのはドライアン、カプル、それにリュンカだけとなったが、それでもミレイユが王の召集に賛同するかどうかはわからない。

 リュンカがミレイユの元に向かうと、彼女はブラックホークに与えられた天幕ではなく、外で鍛練をしていた。寒さに弱くはない種族だが、それでもこの吹雪の中、訓練をする者はまずいない。現に、ミレイユは一人で吹雪の中、型の練習をしていた。彼女が派手な性格とは裏腹に基本を大事にすることを知っている獣人が、果たして何人いるだろうか。過日、その美しい姿に憧れ、同じように木陰から見守っていた若かりし自分がいたことを思いだすリュンカ。

 しばしの間をおいて我に返ったリュンカが声をかけると、ミレイユは意外にも二つ返事で従った。そのままブラックホークの仲間に声をかけることすらなく、大人しくドライアンの元に来たのだ。


「呼んだ? 王様」

「こら、ミレイユ! 不敬だぞ」

「ワタシ、もう軍属じゃねーし」

「構わん。久しぶりだな、ミレイユ」


 ドライアンの前でも堂々と胡坐をかくミレイユを見て、チェリオも目を白黒させている。それを見たミレイユはからかうように笑った。


「なんだ、若い奴もいるじゃんよ。ここにいるってことは、信頼できる奴か」

「無論だ」

「あとはバハイアとかはいねーの? アキーラやニジェールは?」

「バハイアはロッハやヴァーゴと共に、国の守りに返した。アキーラとニジェールは、南方戦線で死んだ」


 ドライアンがあっさりと言った言葉にも、ミレイユは一切驚いた様子がない。


「そっか、あいつらだったらありそーだね。生も死も同等の扱いをする連中だから。よく言えば勇猛、悪く言えば死にたがりだ。部下には迷惑だろーけど、その方がグルーザルドにとってはありがたいかな」

「ミレイユ!」

「だって、事実じゃんか。アキーラとニジェールの部隊は損耗率が高すぎた。2人とも強い獣将だったけど、軍を率いる才能はないね。南方戦線じゃあそういう戦い方が必要な場合もあるけど、遅かれ早かれ奴らは死んださ。ワタシがグルーザルドを離れた原因を、リュンカは知っているだろ?」

「・・・」


 リュンカは口をつぐんだ。チェリオはあえて何も聞かなかったが、ミレイユのことは彼なりに調べている。

 将来の獣将、そして下手をすれば女性として初めて獣王になるかもしれないと囁かれる程の逸材だったミレイユ。それほどの戦士だった彼女が去った原因は、ニジェールの部隊の気性が荒い連中が、女性兵士に暴行を働いたことがきっかけだった。その女性兵士は当時獣将候補となったミレイユの部下に取り立てられた、将来有望な戦士だった。

 彼女は精神的なショックから立ち直れず軍を去り、怒り狂ったミレイユは当事者の兵士たちを再起不能になるまで公衆の面前で叩きのめした。あまりにも凄惨となった制裁の現場に止めに入った獣将ニジェール、その友人のアキーラもまとめて半殺し。さらに止めに入った獣将4人をぶちのめし、最後はドライアンの顔面を蹴飛ばしてそのまま軍を去った。

 本来なら極刑になってもおかしくないところを、他の獣将やカプル、何よりドライアン本人がとりなして追放扱いとなった。その事件の発端は伏せられ、ただミレイユという強者が存在したことのみが、噂として流布された。軍の恥部は、ミレイユという好戦的な女戦士がいたという噂で塗り替えられた。ミレイユは元来、相手の返り血で真っ赤になるまで戦うことが多かったが、『三月ウサギ』という異名まで与えられるきっかけになった事件だった。



続く

次回投稿は、8/9(火)8:00です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ