開戦、その66~消耗戦㉑~
カプルの部隊は悲鳴を上げる前に、それぞれを背にして円陣を組んだ。いかにシェーンセレノの天幕に気を取られていたとはいえ、どこから襲撃されたか全くわからなかったからだ。
「敵の姿を見たか!?」
「いや、見ていない!」
「ニェスは?」
「生きていると思うか?」
「ちくしょう! よくも!」
「(待て、そもそもどうやって攻撃してきた?)」
部隊の仲間が激昂する中、カプルは冷静だった。もちろん腸は煮えくり返っているが、それでも獣将で最古参となった年齢と、過酷な戦場の数々が彼を冷静にさせた。
戦場では冷静さを欠いた者から死ぬが、獣人が冷静さを保つことは難しい。そして獣人は猛々しく散っていくのが華だとすら思っている。その美学を否定はしないが、無駄死には避けねばならない。
カプルは考える。ロン程ではないが、獣将のご意見番として若い獣将に意見を求められることはある。元々頭が良い方ではなく、学はないが、経験だけはあるつもりだ。
「(考えろ・・・イェーガーの戦いを見ていればわかる。考えることができない奴から、戦場では脱落するのだ。魔術は使えずとも、魔術ならば気配でわかる。だがそのような気配は一切なかった。となれば、何らかの仕掛けがあるはずだ。仮にこれが技術か何らかの武器だとするなら、必ず防ぐ方法がある。どうすればいい? ここから去るか、それともとどまって戦うか)」
「まだいましたか。ですが、好都合です」
そうするうち、この高台の頭上から声がかかった。見れば、高台のさらに山側の断崖絶壁、その壁に剣を突き立ててぶら下がる女剣士が一人。その顔には見覚えがあった。
「貴様、シェーンセレノの護衛か」
「マーリエル。それが私の名だ」
マーリエルは剣を抜いてふわりと飛ぶと、人間では厳しいはずの距離を一息に飛び降りた。そもそも吹雪の中、ただでさえつるつるで滑る斜面が凍結しているのに、どうやって天幕からここまでこの短期間で来たのか。獣人の爪と筋力を持ってさえ、この高台に短時間で登ることは困難で、だからころ翼を持つ彼らは監視台にしているというのに。
マーリエルは長剣と短剣の二剣を抜くと、前で交差させるように構えて打ち鳴らし、高らかに宣言した。
「まだ一体しか死んでいないのか、知恵の回らぬ愚鈍な獣人どもよ。ならばわが剣にて、微塵ではなく八つ裂きにしてやろうぞ」
「なんだとこの女!」
「貴様がやったのか!?」
「なぜだ! 俺たちは合従軍として同盟を組んでいたのではないのか!?」
口々に怒る獣人たちに向けて、マーリエルが威嚇のための釘手裏剣を投げた。それ一人の腕に命中すると、獣人たちが黙る。
「馬鹿め、本当に信じられる相手がどれほどいると言うのだ。斥候でさえ正確な情報を伝えるのは訓練が必要なのに、どうして見も知らぬ仲間が信じられると思うのだ? 貴様たち獣人が人間の、まして傭兵などに騙されていないと言い切れるとはおめでたい奴らだ。何も知らぬまま、おめでたいことを考えながら私共々死んでいくがいい!」
「女ァ!」
怒りが頂点に達した獣人たちは、マーリエルに向けて猛然と突進した。それぞれが百人長に相当する腕前の持ち主で、それが残り13名。普通の相手ならこれで文句なしに討ちとれるはずだ。
だがカプルは違和感を覚えた。ここまで気取られぬように接近できるのなら、吹雪に紛れて数名を狩ればよいのだ。そもそも遠距離から攻撃できるのなら、ここに来る必要すらない。ならば、先のニェスの命を奪った攻撃はこの女のものではないのでは。
それに言い回しも妙だ。まるで自分もここで死ぬことになっているような・・・ひょっとして、この人形も何らかの理由で使い捨てにされようとしていて、何かを伝えようとしているように聞こえる。
敵を信じるとは妙だ。だが、何かを掴もうとしている気がする。この先、グルーザルドだけではなく、この戦の帰結にとって大切な何かを。長年戦場にいたカプルの勘がそう告げていた。
「カプル様!」
名を呼ばれてカプルははっとした。気が付けば既に味方は4人がやられている。マーリエルが使う剣の殺気は本物。そしていたるところに暗器や剣を隠しており、まるで暗殺者のような戦い方をする剣士だった。
特筆するのは肘に剣を刃を隠していて、それで首を掻き切ったのと、踵の隠し刃で脳天を突き刺したことと、それを地面に突き刺して高台から落ちるどころか急激に方向転換をして、おびき寄せた2体を一息に仕留めたことか。
カプルを含めて残り6人。さすがにマーリエルもそれなりにダメージを受けているが、気力は微塵も衰えていないようだ。それを見たカプルが突撃し、マーリエルに正拳突きを繰り出した。マーリエルはそれを避けるではなく、受け止めたことでカプルは確信した。
続く
次回投稿は、8/5(金)9:00です。