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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その64~消耗戦⑲~

「マーリエル! どこにいるの!?」


 シェーンセレノは唯一となった自らの護衛を呼びつけた。正確には、他にも人形の護衛はいるが、シェーンセレノの護衛以外の仕事は一切こなせない。多機能を持ついわゆる『出来の良い』人形はトランケル、ルィーヒ、マーリエルのみだった。

 以前はこの3体が交替で24時間の護衛を務めていた。護衛以外の時には、この3体が人形兵の指揮を執っていたこともある。だがトランケル、ルィーヒが脱落した今、彼らの代わりを複数の人形兵に任せることになった。サイレンスであるマーリエルは24時間でも活動することは可能だが、それでは怪しまれるからだ。特に、人間になり切るためにシェーンセレノも睡眠を模した行動をするし、マーリエルも同様の行動パターンを取っている。

 だからこそ、シェーンセレノは不安になった。強力な護衛がいなくなった今、暗殺される可能性が高くなったからだ。あの3体ならば、仮にアルマスの上位やドライアンが相手ですら、いくらかは持ちこたえて見せるだろう。だがシェーンセレノにそこまでの戦闘能力はないし、現在の人形兵はいくら数を揃えても同様だ。そもそも彼らは応用がきかないのだから、命令以外の事態が起きれば、下手をすると目の前でシェーンセレノが惨殺されてさえ、見ているだけになる可能性すらある。

 シェーンセレノはその可能性に思い至ると、爪を噛みながら天幕の中で震えていた。周囲にはいつもの倍の人形兵を揃えているが、恐怖が薄らぐことはない。こんな姿を合従軍の諸侯に見せるわけにはいかないと、マーリエルを呼びつけたのだ。だが彼女がすぐに応じることはなかった。


「気が利かないわね、お前たち! マーリエルを探してくるくらいできないの!?」

「命令が矛盾しています。その間、御身の護衛を離れてもよろしいのでしょうか」

「半数が残り、半数が探しなさい! そのくらいの応用をきかせないよ!」

「命令以外の行動をする機能は、我々には与えられておりません」

「くそっ、これだから人形は!」

「荒れてますね、天幕の防音から漏れそうですよ」


 その瞬間を見計らったかのように、マーリエルが入ってきた。今でこそ護衛の仕事に徹しているが、美麗の女騎士をモチーフに作られた個体だ。役どころを考え、見目だけは自分よりも美しく造られていることも、今では勘に触って仕方がない。

 戦闘用に作られた成果、その氷のような視線には何の感情も見えない。マーリエルはちらりと背後の人形たちを見回すと、手を挙げて動きを制した。


「私が戻った。命があるまで楽にしてよし」

「「「はっ」」」

「それでシェーンセレノ殿、私に何か用でしょうか。護衛の交代までは、まだ一刻ほど時間があるように思われますが」

「――それは」


 普段と変わらぬマーリエルを見て冷静さを取り戻したシェーンセレノは、まさか恐怖に震えていたとは言うわけにもいかず、ただ黙っているしかなかった。

 しばしの沈黙の後、その様子を見たマーリエルはおもむろに質問した。


「ときにシェーンセレノ殿、本日の軍議の前に質問をよろしいか」

「え、ええ。何かしら」

「作戦行動が数日前より更新されていないように思います。力押し以外の策も難しいことは理解していますが、トランケル、ルィーヒを使い潰しても戦果が上がらぬ様子。何か打開の一手は考えていますか?」

「そ、そうね――もちろんよ」


 実はシェーンセレノの心算しんさんには何もなかった。まさか恐怖に震えて、作戦行動もままならなかったとは言い出せない。だがそんなシェーンセレノの虚栄など見透かすかのように、マーリエルはいっそう氷のような視線の温度を下げた。


「――嘘ですね」

「な、なんですって? 何を根拠に」

「貴女はより人間に似せて作られた。仕草、反応、その恐怖などの感情の推移に至るまで。怒りに任せて護衛を使い潰し、その間この気の利かぬ人形共に囲まれて、感情に変化がないはずがない。恐怖に震えて思考もままならなかったはずだ。違いますか?」

「それは――」

「感情の機微のわからぬ私でも、そのくらいは考えつく。私に恐怖や躊躇などはありませんが、あなたは違う。だが、どうやら人間に似すぎたようだ」

「だ、だから何だって言うの?」

「私たち護衛には、あなたも知らない任務がある。それは――」

「お前は我々の創造主の意を任される存在ではないということだよ、シェーンセレノ」


 天幕に入ってきた人物を見てマーリエルが一例をしたところで、シェーンセレノは全てを理解した。今ならわかることだが、元からおかしかったのだ。どうしてたかだか十年前後しか稼働していない自分が、司令塔だと思っていたのか。剣の風は既に百年以上も変わらず活動しているというのに。

 そして剣の風なる人物の背後にいた者を見て、決定的に自分の運命を悟った。


「ああ――そういうこと」

「さて、聡いお前は既に理解したな? いかに人間に近く、理知的に作られたとはいえ、有効な作戦行動もとれなくなったお前は必要ないということだ。代わりのこのシェーンセレノにやってもらう」


 剣の風の背後にいた者がフードを取ると、そこにはシェーンセレノと全く同じ容姿、声色をした者がそこに立っていた。

 そこに立っていたシェーンセレノの代わりは、無表情にシェーンセレノの方を見て告げた。


「たしかにこの個体は壊れているわね。私たちは絶望を人間に与えることはあっても、そんな絶望の表情なんてしない」

「こわ――壊れてなんていないわ。私はサイレンスの最高傑作。最高の能力と知性を与えられ、やがて人間の支配者として君臨を――」

「ほう? ではどのようにして君臨するか述べてみろ」

「それは――」


 そう質問され、何も思い浮かばないことに愕然とするシェーンセレノ。彼女の思考回路には、人間をいかに絶望させ、殺すかは幾通りも考え着くのに、自分が人間を支配してより良い世界を創る方法は一つも思い浮かばなかった。

 言葉を失くして呆然とするシェーンセレノの胸に、剣の風の剣が突き刺さった。


「馬鹿め。人間を滅ぼすために行動している我々が、どうやって人間を支配するのだ。そんな必要すらないだろうが」

「ア、アアア・・・」

「とはいえ、修理する方法を準備してやれなかったのは私の手落ち――いや、違うな。廃棄のタイミングを間違えたのは私の手落ちだ。本来なら、ローマンズランドを陥落させた後に、悲劇の為政者として退場してもらう予定だった。許せよ」

「ちが――私は、私は――未熟な人間をより良い形で――お前たち、こいつを排除しなさい――」


 シェーンセレノは自らの支配下にあるはずの人形に向けて命令をしたが、彼らは冷ややかに何の感慨もなく返答した。


「楽にせよとの命令を受けております。それはあなたの身柄より優先されるものではありません」

「そ、そんな馬鹿な――」

「哀れだな。最初から創造主の意を組む人形は、私一人だ」


 シェーンセレノは惨めな表情のまま、剣の風によって微塵に還された。その事実にも、その場にいた誰もが眉一つ動かすことがない。

 剣の風が命令する。


「マーリエル」

「はっ。なんなりとご命令を、サイレンス様」

「私もまたサイレンスではない――であるからして、護衛を補充できぬ。となれば、やれることは限られよう。我々の存在を気取ろうとしている奴がいる。刺し違えてでも始末しろ」

「戦線はいかがするので?」

「維持が精一杯だが、それで目的は達せられよう。それ以上どうしろと?」

「いえ、別に」


 だがマーリエルのその返答に、自分たちが抱く怒りとは別の怒りを感じ取った剣の風。そして冷徹な命令を下した。


「貴様も壊れたか、マーリエル」

「・・・我々は、所詮消耗品なれば」

「任務の成否に関わらず、達成後貴様も自害せよ。これは命令だ」

「・・・それは」

「意地があるなら、達成してみせよ。それともここで塵と還るか?」


 剣の風の殺気を受けて、マーリエルは無言で外に出た。代わりのシェーンセレノは、元のシェーンセレノの衣装棚から衣服を取り出し、おもむろに裸になって着替えた。

 そして何事もなかったかのように一礼し、護衛を引き連れて軍議に出席すべく去っていった。剣の風は一人天幕に残り、無表情のまま微塵と散ったシェーンセレノの残骸を見た。


「長らく生きるとろくなことがないのは、人間も竜も、人形ですらも同じか。憐れだが、それこそが変わらぬ真理かもな。やはりこんな世界は、滅んだ方がいい」


 剣の風はくるりと踵を返すと、天幕から出ると同時にその姿を消していた。



続く

次回投稿は、8/1(月)9:00です。

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