加護無き土地、その4~あるいは初めての~
「仲間ときたか。具体的には?」
巨人の男は少しアルフィリースを試すような顔つきで質問する。自分を見れば大抵の人間は恐れると彼はそう思っていたのだが、目の前の女は驚くどころか自分の仲間になれと言っている。
巨人という種族は元来あまり他に興味を示さず、見た目の怖さや怪力に比べて、むしろ大人しい種族である。この男もまた巨人の習性に例外なく、彼が他人に興味を示すのは久しぶりの事だった。
「(似てる・・・な。いや、この娘の方がもっと感情豊かだな)」
男は自分が巨人の里を飛び出し、こちら側の世界へ来ることになった契機を思い出す。そんな感慨に耽る男の感情の機微など、アルフィリースには分かろうはずもない。アルフィリースは今初めて「勧誘」なるものをしているのだ。これは彼女にとって初めての経験であり、これからも多数行うであろう事柄だった。
今までは相手から同行を申し出ることが多かったのだが、通常は街頭演説なども行い、仲間を募るのが傭兵団にとって重要となる。アルフィリースも旅の中で何度か目にしたことはあったが、その時はまさか自分が将来同じ事をするようになるとは、夢にも思っていなかった。
ともかく、アルフィリースは内心の自分の興奮を悟られないようにする事で精一杯だったのだ。とても男の感情の機微にまで気が利くはずもない。
「私は傭兵団をこれから作るわ。そのためには人手が必要なの。あなたさえよければ、私の団に所属しないかしら?」
「ふむ、条件は?」
「まずは私の命令には基本従ってもらうわ。ただし、これは絶対じゃない。理不尽だと自分が考えればもちろん私に反論してもいいし、ある程度選択の自由も残すわ」
「ということはだ。たとえばお前が招集を団の連中にかけたとして、俺が『嫌だ』と言ったら、それは認めてもらえるのか?」
「状況によってはね」
澱みなく答えられるその言葉に、男が興味をなおもそそられるのが、アルフィリースには手に取るようにわかった。ここまでは成功である。
「ほほう・・・他には?」
「また、私が招集をかけていない時は基本的に自由よ。依頼も自分でこなして生活費を稼いでもいいし、何かを探したり、余暇を使って旅をするのも自由よ。場合によっては手を貸してもいいわ。ただし、居場所はつねに私に知らせ、私が招集をかけた時には何をおいても集合する事。その事を了承できる依頼のみ、受けるようにしてほしいの」
「それだけか?」
「いえ、次が一番重要よ。仮に私、もしくは私達を裏切るような行為を取った場合・・・」
アルフィリースの声が凄みを帯びる。巨人の男は、自分の体の毛が強制的に逆立つのを感じた。アルフィリースの表情は月が再び翳ったせいか見られないが、その目は果たして月の下でも見えたであろうか。アルフィリースの瞳が闇にあってさらに闇色を発しているのが、男にははっきりとわかる。
「その人には罰を受けてもらう。二度と私に刃向わないように、徹底的にね」
「・・・怖いな」
「それぐらいしないと、女の団長なんてそれだけで舐められそうなのよ」
アルフィリースはひらひらと手を振って見せたが、男の言葉の意味はそれだけではなかった。男は戦士である。彼に限らず、巨人という種族はすべからくそうだ。見た目に反して大人しい彼らだが、いざ戦いとなると勇猛さは見た目通りである。戦場では引くことを知らず、敵を圧倒し、駆逐し、踏み潰す。それが巨人族の戦い方である。
その中でも一等強い戦士がこの男だった。直接戦ったことはないが、ギガノトサウルスと比較すればこの男の方が強いだろう。だがその彼をして、目の前のアルフィリースは恐ろしいと感じていた。
「(今の殺気、普通の者に放てる殺気ではない。余程修羅場をくぐったか、あるいは本当に強いのか。どちらにしても、尋常な女ではあるまい。一見そうは見えんがな・・・)」
男の目の前で腕を組んで仁王立ちするアルフィリースは、自分の内心を悟られまいとして必死で虚勢を張っているのがありありと男にはわかっていた。おそらくはこういうことに慣れていないのだろうと、男は想像をつける。良く見れば、人間にしては背は高い方だろうが、まだどこかあどけなさが抜けていない様な気もするし、なにぶん年も若いだろうし、傭兵としても経験が浅いのだろう。見どころはありそうだが、どこか頼りない。
とはいえ、そんなアルフィリースに一瞬でも男が気圧されたのも事実。男はそれも一興かと思う。
「で、どうするの? 私に協力する?」
「そうだな・・・協力してもいいが、一つ条件がある」
男はアルフィリースと問答をするのが楽しくなってきていた。自分は戦士としては経歴が長いが、傭兵などはやったこともない。北の大地を出たばかりでこのような女にめぐり合うのも、何かの運命かとも思う。
「俺は人を探しにこちら側に来た。だから、その人物の捜索を手助けしてくれることが条件の一つ」
「いいでしょう。他には?」
「その人物を見つけた後どうなるかはわからんが、俺は高い確率で北の大地に戻るだろう。その時には団を抜けさせてほしい」
「・・・なるほど、それくらいの条件ならいいわよ。それだけ?」
「ああ、それだけだ」
男は頷いた。その表情がどこか楽しそうだったのだが、その理由をアルフィリースに慮るだけの余裕はなかった。
「じゃあ契約成立ね。手始めとして、ここからの脱出に協力してもらいましょうか?」
「いいだろう。ならばさっそく・・・」
「アルフィリース殿!」
男が鎖を引きちぎるため全身に力を込めようとした瞬間、牢屋の扉を押して入ってきたのは楓だった。
「楓! 無事だったのね!?」
「もちろんです。皆も無事ですよ。アルフィリース殿の帰還を待ちわびています」
「ごめんなさいね、下手うっちゃったわ」
「仕方ないでしょう、状況が状況でしたから。ユーティからおよその事情は伺いましたので」
格子ごしに楓に差し出されたアルフィリースの手を、楓が握り返す。反射的にやったその行動に、楓がはっと顔を赤らめた。まるで年頃の娘が友人とじゃれあうような反応に、楓は気を引き締め直す。その表情に、アルフィリースもまた気を引き締める。
「楓、外の状況は?」
「街には思ったより多くの住人がいます。アルフィリース殿が攫われたのを知ってから激怒したミランダ様とエアリアル殿が大暴れをしたため、町人達がすっかり警戒をしてしまいました。幸いこちらには被害はでていませんし、彼女達もまだ町人を殺めてはいませんが、負傷者はかなり出してしまいました。そのため町人達はかなりの人数を出して私達を探そうとしています。現在は一度撤退して街の少し外に拠点をつくり、リサ殿がセンサーで貴女の位置を探り、他のメンバーで町人を誘導しておいて、私がここに潜り込んだ、と」
「なるほど、だからあいつらは慌てて出て行ったのか」
巨人の男がうっそうと喋るのを聞いて、楓が初めて気づいたように身を固くする。リサから、「アルフィリースの隣にデカイ物がいる」とは聞かされていたが、楓は巨人を直に見るのは初めてだったので、事前に存在をある程度知りつつも驚いたのだった。
「何者!」
「お前達の仲間・・・ということになるのかな? 団長よ」
「そう言うことよ。楓、心配しなくていいわ。彼は私の傭兵団に入ることになったから」
そういって楓の肩を叩いたアルフィリースを見上げ、楓はきょとんとしている。しばしの空白の後、楓は気を取り戻すと、自分のすべきことを考える。
「えーっと、では・・・牢屋の鍵を探しましょうか」
「その必要はない」
男が身を起こそうとして、鎖に体を引き戻される。その鎖を鬱陶しそうに見る男。
「さて、脱出の準備はいよいか?」
「こちらはいつでも・・・あ! 脱出の前に、楓、私の剣とレメゲートを探してきてくれる?」
「承知しました!」
返事が早いか、楓は既に牢から出て行ってしまった。そしてほどなくして楓が剣を見つけて戻ってくると、男は自分の戒めを破るべく、全身に力を込める。
「さて・・・かなり派手に音がするだろう。見つかるのを覚悟しておけ」
「いいわよ。やって頂戴!」
「よし。ぬぅん!!」
男が全身に力を込めると、壁に固定されているはずの鎖がピキピキと音をたてる。そしてほどなくして壁の方が限界を迎え、彼は鎖ごと壁を引っこ抜いたのだった。
「見た目通りの怪力ね」
「そんなことをしなくても、鍵を使えば・・・・・・」
楓がせっかくくすねてきた鍵束をじゃらじゃらと鳴らしながら、ため息をつく。
「だめよ。だって、彼の大きさじゃこの入口を通れないもの」
「・・・どうやって入ったのでしょうか?」
「それは言わないお約束。と言いたいけれど、彼を閉じ込めるためにわざわざここに鉄柵を立てたんじゃないかな? この鉄柵、まったく錆びてないもの」
アルフィリースが鉄柵を叩きながら解説する。そうこうするうちにも、男は鉄柵に近づいてくる。牢屋の中で満足に立ち上がることもできないほど巨躯の男は、鉄柵に力を込めて一つ力を込めると、鉄柵が飴細工のように簡単に曲がってしまった。
「素晴らしいわ」
「お褒めに預かり光栄だ」
「さて、逃げましょう。楓、誘導をお願いね」
「はい、こちらへ」
楓が2人を促す。地下にある牢の階上からは、ざわざわと声がしてきていた。ある程度の戦闘は避けられまい。そして外に向かおうとする巨人に、アルフィリースは声をかける。
「そういえば名前を聞いてなかったわ」
「ダロンという。よろしく頼む、団長」
「まあ、出来る範囲で頑張るわ」
そう言うと、アルフィリースは愛らしくウィンクをしてみせるのだった。
続く
次回投稿は6/14(火)15:00です。