開戦、その63~消耗戦⑱~
「仇名の割には随分と華麗な死肉漁りだ、お前たちは」
「いやね、ヴェルフラ。どうやっても普通の人間には限界があるのよ。貴女やマルグリッテのように才に恵まれない人間の、精一杯の戦い方なんだから」
「否定はしなが、殲滅戦のお前たちは本当に脅威だ。相手には死そのもの、にしか見えないだろうな」
「人形が相手なのは初めてだから、上手くやれるかどうかはわからないわ。救いは、ロックハイヤーの真冬よりはマシってところかしらね。後詰にマルグリッテを借りていい?」
「好きにしろ。イェーガーとローマンズランドからも出してもらうといいさ。私はいつもどおり、ドードーの先に行って露払いをしておく。人がいない方が暴れやすいからな」
それだけ言い残し、ヴェルフラは単騎で出撃した。単騎での天馬騎士の突撃など弓矢のよい的にしかすぎないと思うのだが、ヴェルフラは躊躇いなく出撃していった。
それを見るとマルグリッテは天馬を降り、愛馬の首を優しく撫でると部下に手綱を任せてアルフィリースの傍にすっと寄った。
「じゃあ隊長の命令通り、私は徒歩でミュラーの鉄鋼兵の後を追いますね。討ち漏らしがないように、そっちからも何人かだしてくださいな。ま、私一人でもだいたいやれるでしょうけど、ドードーさんは大雑把なんで、思ったよりも残っていると思うんですよね」
「え、ええ。それはいいけど――」
「んじゃ、行ってきます」
マルグリッテはろくに返事も聞かず、まるで散歩にでもいくかのように、軽快に出撃していった。それを見てカトライアが号令を下す。
「全騎、上昇! 残敵を掃討します、私に続け!」
「「「はいっ!」」」
この風と寒さでは、竜騎士などは半刻とたたずほとんどが制御を失い墜落する。その中でも、ロックハイヤー大雪原原産の天馬はこれしきの寒さでは丸一日飛翔能力を失わないそうだ。ただ、上に乗る人間は別だが、そこは天馬騎士としての意地が彼女たちにもあるらしい。
一瞬吹雪の奥に消えたかと思われた彼女たちは気流に合わせて速度を上げると、生き延びてよろめく合従軍の兵士たちにすれ違いざま、槍を突き立てその頭を踏みつぶした。そして一瞬で反撃の隙も与えずにその場を離脱し、再度吹雪に姿を隠す。
ああ、そのための白銀の鎧装束なのかと今更ながらアルフィリースは気付いた。彼女たちの戦術は、吹雪があった方が活用しやすいのだ。動きの鈍った、あるいはよろめく兵士に確実にとどめを刺す様は確かに戦場の死肉漁りと言われても仕方のない所業かもしれないが、一撃離脱を繰り返す流れるような作戦行動は、いっそ美しくすらあった。
そしてひとりきりアフロディーテの精鋭たちが残敵を掃討したあと、マルグリッテがその惨禍を見て、小首を傾げた。
「ふぅむ・・・そこと、そこ。それにそこですね」
マルグリッテが伏していた兵士に突然剣を突き立てた。すると兵士が反射的にびくりと動き、死んだふりをしていたのだということがわかった。
この死体の山の中、どうやってそれを見分けているのか。たしかに人形兵は死ねば姿を崩すが、寒さの中その速度はゆっくりで、まだそんな変化はほとんど起きていない。それに、普通の人間の兵士も混じっているのだ。どうしてそんなことができるのか、アルフィリースは不思議でならなかったが、人形もそれは同じようだ。
死んだふりを諦めて起き上がった兵士たちの表情が、わずかながら曇り怯えているように見える。その様子を見ても笑みを崩さないマルグリッテだが、その口元がさらに綻んだように歪んだ。
「ふふ、なぜ私が正確に死んでいない兵士を探り当てられるか不思議ですか? 理由は簡単、お前たちからは死の臭いがしない。人形だろうが本当の人間だろうが、動けるものはわかるものです。精巧に造り過ぎたことが、裏目に出ましたね」
理由になるようなならないような理由を述べ、マルグリッテの剣が二度、三度ときらめくと次々と人形は崩れ落ちていった。一体も残さず兵士を追い詰め殺していく様は、雪かきよりもスムーズに行われる。
その恐ろしいまでの「作業」にアルフィリースははっと我に返ると、新米の中隊長たちに命令した。
「ダンツィ、オルガ、ケイン。それぞれ30人を率いて出撃! マルグリッテをサポートして!」
「はい!」
「私は出なくていいのかしら?」
傍に控えるリリアムとウルスはやや不服そうに申し立てたが、アルフィリースは首を振った。
「ウルスとリリアムは私の傍で待機よ。まだ懸念事項があるわ」
「懸念事項?」
「そう、当たってほしくない懸念がね」
アルフィリースの言葉が何を意味するのか、彼女たちは知らない。そして一刻後、ヴェルフラとドードー率いる鉄鋼兵の隊長たちは、砦10個分を取り返す猛反撃を見せた。相手に与えた損害は推定5000体。これ以上の反撃は開けた坂道となるため諦めたが、それさえなければさらに追い落とすことも可能だったろう。
アルフィリースはほっと胸を撫で下ろすと、そこに人を一斉投入してクローゼスを呼ぶと、一気に簡易の砦を作り上げた。その場で持ちこたえること2日。その間に、彼らは後方の砦を再建し、再び息を吹き返すことに成功した。
それからというもの、人形兵と中心となった合従軍とローマンズランドは消耗戦を繰り返した。人形兵が昼夜の別なく襲い掛かり徐々に攻め上がると、突撃力に優れた編成をしてその分を取り戻す。そういったことを繰り返しながら、彼らは互いに、いや、ある意味ではローマンズランドだけが一方的に消耗していった。
人形兵の補充は尽きるところを知らず、ここに来て合従軍の人間たちは、自分たちが何かよくないものと共に戦っているのではないかと思い始めていた。ただその時にはアルネリアもグルーザルドもイーディオドも既に発言権を持ってはおらず、ただ形ばかりの会議で決を採り、シェーンセレノの言葉に唯々諾々と従うだけの集団になっていた。
ただそんな集団にも、それとわからぬほどの変化は訪れる。
続く
次回投稿は、7/30(土)9:00です。