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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その61~消耗戦⑯~

***


「よぅ、苦労しているようだな嬢ちゃん」


 部屋が小さくなったのかと見まがうほどの巨躯のドードーに迎えられ、アルフィリースは思わず小さく笑みをこぼす。ドードーと知り合ってまた一月と少しなわけだが、その間にもドードーの人となりを知ることができ、アルフィリースは底抜けに楽天家のドードーに救われることも多々あった。

 ミュラーの鉄鋼兵の本領は防衛戦。しかも、野戦での防衛戦が一番得意という変わり種だ。ここまでも当然のごとく防衛戦への参加を申し出てくれていたのだが、ローマンズランド側が断っていた。強化された二の門の絶対的な防衛力に彼らは自信があったし、二の門がもっとも安全で功も立てられると思っていたからだ。

 ドードーは軍の意向を受け、笑顔で物資輸送などの下働きと後方の即席の砦の建設を行っていた。彼らの快活さには、ローマンズランド軍でさえもほだされるほどで、ミュラーの鉄鋼兵がなぜ大陸で名を馳せる傭兵団となったのか、アルフィリースも納得した。

 そんなドードーがやや強引にアルフィリースを抱擁し、その背を軽く叩く。ドードーにとっての軽くでも思わずむせるほどの力があるが、アルフィリースでなければ吹き飛ぶだろう。カトライアがくすりと笑ったが、挨拶が済むと2人の表情は俄に引き締まった。


「事情はカトライアからも聞いている。割と危機だな?」

「それを、ローマンズランド軍がどのくらい理解しているかが問題かしら」

「傭兵の方が察しが良いようでは、世も末ね」


 アルフィリースは小さく笑うと、現在の状況を説明した。予想外の強敵の襲撃で、二の門を破られた後の防衛策が上手くいってないこと。そしてローマンズランド軍に余裕がなくなり、徐々に傭兵に対する風当たりが強まりつつあること。

 カトライアは、五番隊ダミアーから常に戦場の様子を聞き取っている。ダミアーは輸送で常に戦場を行き来しているので、後方に控えているカトライアも戦場の様子は把握していた。


「相手は好機を悟っていると言うより、狂気じみた攻勢ね。朝も昼もなく押し寄せられたのでは、どんな堅固な砦もたまったものではないでしょう」

「人形、だったか? 黒の魔術士のサイレンスとかいう奴らしいな」

「ええ、おそらくは合従軍のシェーンセレノがサイレンスだったのだわ。最初から油断のできない相手だとは思っていたけど、まさか本当に黒の魔術士だったとはね」

「スウェンドルとグルってことはないのか?」


 ドードーの思わぬ発言にアルフィリースもカトライアも目を剥いた。ドードーはスウェンドルと懇意だと思っていたからだ。

 だがドードーは手を広げて他意はないことを示す。


「勘違いするなよ? ローマンズランドもスウェンドルも、俺にとっちゃお得意様ってだけで、運命共同体じゃない。俺にとって大切なものは、いつだって家族だけだ。この戦が仕込みだってのなら、最初からスウェンドルとシェーンセレノがグルって方がいいだろうが」

「それにしては、敵の攻勢が本気過ぎないかしら」

「イェーガーがいなけりゃ、とっくに陥落してんだろ。どのみち本城に迫ることは不可能に近いんだ。第三層まで占拠された段階で、投降するか脱出すりゃあいいんだよ。それまでに東に拠点を作っておけば、なんとでもならぁ」

「でもそれは――」


 違うのではないか、とアルフィリースは思う。スウェンドルと話した時に、自分はローマンズランドを離れるつもりはない、という意味のようなことを言っていた。カラミティもそれは同じだと。

 ならば黒の魔術士として互いの陣営に存在しつつも、底の部分では打ち合わせができていないのではないかと思う。そしてスウェンドル、カラミティ、シェーンセレノが目指している所は、全てオーランゼブルとは違うように思える。

 アルフィリースの思考は、カトライアの発言によって中断された。


「では最終的なこの戦の落としどころだけど、シェーンセレノとやらを潰せば、合従軍は止まるのかしら? 彼女がサイレンスの本体ということで合っている?」

「サイレンスの本体かどうかはわからないけど、もうアルネリアは機能していないと思う。元々アルネリアはローマンズランドが暴走した段階から停戦を呼び掛けているけど、強制的に制圧するだけの強引さはないもの。それを逆手にとってシェーンセレノが合従軍を把握、ドライアン王とグルーザルドは沈黙せざるをえなかったというところかしら」

「役に立たねぇな、アルネリアも」

「大陸全土で戦火が起きているそうよ。そちらを鎮圧するのに、手一杯なのよ」

「それだけではないかも」


 弁明するようなアルフィリースに、カトライアが首を振った。


「4番隊イーリスには大きく回り込ませて、たまに合従軍本陣の様子をうかがわせているのだけど、相手の軍は尽きるところを知らないわ。既に準備していた合従軍の戦力を大きく上回り、30万とも40万とも言われる軍勢が麓にいるそうよ」

「おいおい、どこから動かしてきた? 人形ってのは、無限に湧くものなのか?」

「――どこまで正確な話かは知らないけど、人形の村や都市があったのではないかという話だわ。まるで交流のない山奥の村や集落に、そういうところが点在していたのではないかということ。そういうところから補充して、一か所に集めているのではないかと予測しているの」

「じゃあここ十年どころの準備じゃねぇな。そのサイレンスってのは、余程執念深く準備していたんだぜ。なんだか怨念めいたものを感じるな」

「ええ、まったく」


 カトライアが頷き、アルフィリースも言われて気付いた。怨念か、と。

 オーランゼブルはただ冷徹に目的に向けて邁進しているだけだと思うが、たしかにサイレンスからはもっと泥臭い人間めいた感情を感じていた。それが怨念といわれて、腹に落ちた気がする。ドゥームのような快楽交じりではなく、もっと煮詰めて純化した怨念。最初のシェーンセレノを見た時に、ただ物静かな外見の下に何が隠れているのかと思ったが、それが底知れない怨念だと指摘されて、妙に納得できた。

 そしてカトライアがもうすぐイーリスも地上の偵察が厳しくなるだろうことを伝えると、ドードーが拳を打ち合わせて打開策を提案した。



続く

次回投稿は、7/26(火)9:00です。

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