開戦、その60~消耗戦⑮~
老兵は静かに出番を待ち命令を聞いていたが、新兵や問題行動の多い兵士は、扱いに悩むことも多かった。
さりとて、ローマンズランドの軍事や人事に関してアルフィリースに発言権はない。アルフィリースがクラウゼルの立場だとしてきっと同じことをしただろうし、好意的にとらえならば信頼されているとも考えられる。もちろん、アルフィリースの狙いを理解したうえで、クラウゼルが残していった策とも言えた。
「ここまでは考えていなかったとはいえ、対処方法がないわけじゃないけど・・・」
「酒と食料を振る舞って、ちょっとくらい景気づけをしてもいいんじゃないか?」
「それは考えたけど、上手くいった時でないと意味がないわ。彼ら自身に功がなければ。甘やかすわけにはいかない」
「そりゃそうだがな。狼藉とまではいかないが、女性兵士へのちょっかいが増えているらしいぜ。どうする?」
「そのためのフリーデリンデ天馬騎士団でしょう?」
「ふん、人身御供かよ」
ロゼッタは嫌悪感を露わにしたが、そもそもフリーデリンデ天馬騎士団の役目でもある。知りつつも、ロゼッタは納得していないようだ。
だがアルフィリースはさらに過酷な話を切り出した。
「ロゼッタ、もっと悪い状況のことを考えておいて頂戴」
「そりゃどういうことだ?」
「フリーデリンデ天馬だけで手が足りなくなった時は・・・わかるわね?」
「おい、それをアタイにやれってか?」
ロゼッタがアルフィリースの胸倉を掴んだ。アルフィリースの体格をして持ち上がりそうになるところを、アルフィリースはロゼッタの肘のツボを押さえて強引にその手を振り払った。
「ツッ! 同じ女のお前の口からそんな下衆な言葉が出るとはよ、見下げ果てたぜ」
「優先順位の問題よ。私が盾になったり指示して解決する問題ならそうしますけどね、流石にそんなわけにはいかないわ。ならば、どうするか。誰かに汚れてもらうしかない。貴女がイェーガーに入る時に言ったわよね。私には足りないものがあるから、その時はよろしくねって。汚れ仕事もあなたの役目のうちだわ」
「言った、確かに言ったさ! それにうちの女の団員でも、いまだにそういうことをやってる奴がいるのは事実だ! だがよ、お前は女として何にも思わねぇのか?」
「思わないわけないでしょ! だけど、私にだってできることと、限界があるのよ!」
珍しくアルフィリースが癇癪を起したので、ロゼッタははっとして一歩引いて冷静になった。アルフィリースはまさに団全体の命運を背負っている。いざとなれば汚れ仕事は自分たちが――以前リサがそう言っていたことを思い出した。
ロゼッタは頭を振って、アルフィリースの肩を優しく叩いた。
「すまなかった。アタイも苛立ってた」
「誰もが同じよ。私も声を荒げたことを謝るわ」
「いざとなったら盾になりそうな奴、なれそうな連中には声をかけておく。アルフィは勝つための戦術を考えてくれ」
「もちろんよ――と」
「アルフィリース、ドードーとカトライアが話があるそうです。あちらに待たせてあります」
「すぐ行くわ」
そこに良いタイミングでリサが割って入ったので、アルフィリースは2人の間をするりと抜けるようにして去った。
アルフィリースが去ったのを確認してから、リサがロゼッタの腹を肘で小突いた。
「ああ見えてデカ女は追い詰められています。もっと配慮なさい、デカ女2号」
「すまなかった。アルフィリースが限界を超えたら、アタイらも全員お陀仏だもんな」
「とはいえ、あなたの事情も理解しています。ゲイルが無事だといいですね?」
「ば、馬鹿っ! お前!」
ゲイルの名前で真っ赤になったロゼッタを見て、リサがふぅとため息をつく。
「まさかのショタとは。同好の士とは言いませんよ」
「ちがわぁ! あいつが真剣だからよ、この戦いが終わったら考えてやるとは言ったんだ。それだけだ!」
「まだまだ青臭い子どもだとは思いますが、男子三日会わざれば~とは私も経験済みです。次に会う時のゲイルを見て決めればいいのです」
「・・・あんまり断り切る自信がなくなってきててよ。今でこそあんな奴だが、あいつは将来性がある。もう特殊兵の中でもあいつと正面切ってやれるのはそう数がいないほどになった。だんだんあいつの剣を受けるのに、余裕がなくなっている自分がいることも感じるんだ」
ロゼッタが自分の掌を見つめながら切々と語る。
「長命な種の血も混じっているとはいえ、アタイの剣はそろそろ頭打ちだ。強くなっていく団員に、取り残されるように思えてきた。あと10年もすれば衰え始めるだろう。指揮するだけなら20年はいけるだろうが、引き際を考えるようになってきたんだよ。その時、あいつがアタイを必要としてくれるなら――」
「誰しも一度は考える問題です。貯金をしていることは知っていますが、引退後のことを?」
「こえーな、リサは。フローレンシアにしか言ってねーのによ」
「仲良しフローレンシアは酒に弱いのです。ちょいと酔い潰せば、色んなことが聞けますよ。まぁそれはよいとして、引退後はどうするのです?」
「孤児院をやるつもりだ。アルフィリースの事業計画にもあったろ? そっちの運営に名乗りを上げつつ、自力でもやってみたいと思っている。どう思う?」
「良いのではないですか? その際には私も一枚かませていただきましょう。孤児など、少ない方が良いに決まっているのですから。だからこそ、こんなところで死ぬわけにはいきません。泥を啜ってでも、生き延びますよ」
「わかってる。汚れ仕事もやり切って見せるさ」
ロゼッタは気を取り直すと、リサに手を挙げて去っていった。リサはその背を見送ってから、ふぅとため息をつく。
「さぁ、ここからが正念場ですね。使えるものは全て使わせていただきましょう。可能ならば、一人でも多く無事に帰れますように」
リサは誰に祈るわけでもないが、しばし黙祷してからアルフィリースのあとを追った。
続く
次回投稿は、7/24(日)9:00です。