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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その59~消耗戦⑭~

 フォスティナとルィーヒの攻防が一度膠着状態に陥り、双方が剣を弾くようにして距離を取った。フォスティナの頬からうっすらと血が滲んでいることからも、余裕のある相手ではなさそうだ。

 

「くそっ、体が万全ならもう少しまともな戦いができるというのに――」

「キィエエエエ・・アジャャアッ!」


 眉目秀麗だった頃の剣士の面影などなく、知性の欠片も残らない奇声を上げながら飛びかかろうとするルィーヒ。だがその直前、黒い風に雪氷が舞ったかと思うと、その瞳に理性が戻った。

 そして戦いの最中だと言うのに、あらぬ方向を向いたルィーヒ。そこには彼にしか見えない幻が佇み、そして崩れ落ちる瞬間がラーナの魔術によって再現されていた。


「・・・トラン、ケル・・・?」

「幻覚が効いた!」

「――隙!」


 あらぬ方向を向いて茫洋としたルィーヒの胸にある核に、仕込み杖を突き立てるリサ。何をされたかをルィーヒが理解する時には、ラーナの闇色の蛇がさらに厳重にルィーヒを拘束していた。


「総員、一斉攻撃!」


 アルフィリースの指揮下、長槍を持った兵士が一斉攻撃でルィーヒに安全距離からとどめを刺した。一度の一斉攻撃の後、槍を引こうとした兵士に向けてアルフィリースとロゼッタの怒声が飛んだ。

 怯えるように兵士たちは、二度、三度と攻撃を繰り返し、さすがにもういいだろうと思われた頃、リサは確かにルィーヒの声を聞いた。


「・・・あな、口惜しや・・・卑怯な人間め・・・トラン、ケル・・・すぐ、行く」

「まだ息があるのですか? なんという執念か」

「・・・マーリエル、すまぬ・・・せめて、一人でも多く・・・巻き、添えに・・・」

「そ、総員退避―!」


 リサの叫びに近い声の直後、魔力が一気にルィーヒに収束し、そして光の渦となって大爆発を起こした。その刹那、たしかにアルフィリースとリサはルィーヒの声を聞いた気がした。「我々の怒りと絶望を知れ、人間よ」と


***


 ルィーヒの突撃は、少なくない被害をローマンズランドとイェーガーに与えていた。ラーナは闇魔術による精神攻撃が効いたことを意外そうに語った。精神構造が単純な魔獣では効果が薄く、人間により最大の効果を発揮するのが幻惑や幻術なのだが、それが人形であるはずのあの剣士に効いたのは奇跡だと。

 だがアルフィリースはその可能性を前もって予感していた。あの執念、そしてリサが聞いたという、仲間意識と底力。だが逆に、そこまでの精神構造を有する人形となると、いったい人間と何が違うのだろうとアルフィリースはふと考えていた。

 彼らに生殖能力がないとしても、自分の魂を分け与える人形を造る技術があるとしたら、それは魔法の領域だ。人間が愛し合い、子を成すこととどこが違うのか、アルフィリースはルィーヒが自爆して吹き飛んだ11番目の砦の残骸を思い出しながら、そんなことを考えていた。

 その時、ロゼッタが肩を叩く。どうやらしばらく前から名前を呼んでいたらしいが、肩を叩くまで反応のないアルフィリースに呆れているようで、ロゼッタが苛立ちを隠していなかった。


「どうしたってんだ。指揮官がそれじゃ困るぜ。まさか、策が尽きたとは言わねぇだろうな?」

「少し考え事をしてただけで、問題ないわ。被害状況はどう?」

「リサの声があったおかげで思ったよりも兵士は退避できたが、大打撃を受けた11番目の砦の崩壊に巻き込まれて結構な数が死んだ。10番目の砦も使い物にならん。砦どうしを近づけたことが、結果として禍いしたな。ここで相手を数日食い止めるつもりだったが、これでおじゃんだ」

「シシューシカは?」

「重傷だ、左眼は二度と使い物にならんだろうな。命があっただけでも儲けものだが、アルネリアの回復魔術がない状態じゃあ、復帰まで一月はかかるだろう」

「そう・・・死ななかっただけ幸いかしらね」

「そう思うべきだが、美醜を気にするエルフにとっちゃ慰めにもならんだろうよ」


 苦々しく吐き捨てるようにロゼッタが感想を述べ、アルフィリースはため息と共に悲痛な報告を受けていた。


「相手の前線は?」

「支援がない状態じゃあ、いかんともしがたいのはわかりきったことだが、なんとか15番目の砦で食い止めてる。フォスティナが責任を感じているのかな。思うようにならん体に鞭打って、指揮を執っているさ。そのおかげか、多少だが持ち直しているな」

「次の砦の建設は?」

「今、24、25番目を建造中だ。今のままの速度なら、落ちる砦と造る砦の数が同じだな。少し休憩を減らして、砦を建造する速度を上げる。どのみち、次の肝となる30番目あたりの砦の建造にゃ時間がかかるんだ。今の速度で砦を落とされ続けたら、春までもたねぇ。しんどくても、兵士たちには頑張ってもらわないとな」

「そうなると兵士の士気が心配ね」

「上がると思うか?」


 ロゼッタの言葉はアルフィリースを避難すると言うよりは、どこか投げ槍だった。


「10番目の砦が崩壊したせいで、その前の砦に詰めていた連中は逃げ場所を失くしてほとんど全滅だ。無言の軍隊に八つ裂きにされる仲間を見たと、生き残った連中が言ってらぁ。いっそその様子を漏らしてくれない方が助かったかもな」

「縁起でもないことを言わないで。負けても生き延びられないと知ったら、必死になってくれないかしら?」

「相手の執念を見てなければ、それもあったかもな。あの単騎で斬り込んできた敵の指揮官の効果は絶大だったよ。戦術が未発達の昔ほどじゃないにしろ、現代でも大将の強さってのは大切だ。大将が強ければ仲間は奮い立ち、想像以上に力を発揮する。今回の場合は異常性を示すことに成功した。八つ裂きにされてもなお戦い、一人でも道づれにしようと魔術を暴走させて自爆までしてみせた。ああ、効果的だったさ。相手が皆あんなものかと、お仲間は勘違いしただろうからな」

「せめて、ローマンズランドの兵士が精鋭だったらね」


 ここに残っているローマンズランドの兵士は、アンネクローゼ直下の竜騎士団を除いて、新兵か老兵、あるいは問題がある兵士が多い。精鋭の多くは、第一皇子、第二皇子と共にクラウゼルが遠征に連れて行ってしまった。

 それが正しいことだとはアルフィリースも理解しているが、勝ち戦ならまだしも、こういう押し込まれた状況では経験のない兵士は弱い。



続く

次回投稿は、7/22(金)10:00です。

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