開戦、その56~消耗戦⑪~
「止めましょう。そのための砦と仕掛けですし、我々は黒の魔術士に対抗するために戦力を集め、また鍛えてきました。私たちは弱くない。そうでしょう?」
「もちろんよ。不意打ちならいざ知らず、ここは私の掌の上だわ。負けるものですか」
「後悔するのは、奴らの方です」
リサがざん、と雪原を叩くとセンサーが広がる。雪原では通常センサーも吸収されて広範囲には届かないが、猛烈な吹雪のせいで雪原すら凍りつつあることと、鍛え上げたリサの能力が、一方的な感知を可能にする。
ルィーヒは砦の中に入った瞬間、全身をわしづかみにされたかのような嫌な感覚に包まれた。
「こ・・・れは」
砦には門がなかった。門がなければどうやって人の出入りをするのかと不思議に思ったが、考えてみれば籠城して外に出る気がなければ門など不要なのだ。それこそ戦いが終わって砦そのものが不要になれば、砦ごと壊してしまえばいい。放っておいても、春には溶けてなくなるのだろう。
門がない代わりに、人の通れそうな通用口が3つ。そしてしゃがんで入らなければならないくらいの小さな通り道が2つ。不自由な選択肢を強いるこの入り口に、製作者の底意地の悪さを感じるルィーヒ。
「さすが、シェーンセレノを激昂させるだけはあるか」
ルィーヒはどれを通っても罠と考え、真ん中の道を選んだ。そして入ってしばらくすると背後の入り口は閉じてしまい、分厚い氷で覆われてしまった。ルィーヒは氷ばかりの壁に囲まれた人が数人通れる程度の道をしばし慎重に進んでいると、突然先ほどの感覚に覆われたのだ。
道は進むにつれ狭くなり、ようやく一人が通れる程度の幅になった。そこかしこにあるでっぱりのために身をよじる必要が出てきたが、何度か通っているうちにそのでっぱりが刃のように研ぎ澄まされていることもあることに気付いた。
「天然の罠か。いや、人工の罠だな」
そう呟くと同時に、背後の道が徐々に狭くなり閉じようとしていることに気付いた。狭まる速度が速くなり、追い立てられるようにルィーヒは前に進む。
「む!?」
ルィーヒは3体の戦闘用の人形の中では、もっとも機動力と反応に優れる。そのルィーヒの能力をもってしても、物理的に狭いものは致し方ない。それもいっそ通れなければ破壊してでも通るのだが、ぎりぎり通れるとなると、つい避けて進んでしまう。
トランケルなら面倒だからと壊しながら進むかもしれないなと考え、ルィーヒもそれに倣うことにした。避けられるものはぎりぎりで避け、壊せるものは剣で打ち払うべく抜いた。だが邪魔な突起を壊すと、今度は別の場所から突起が出現したのだ。
「何だと!?」
危うく頭を貫かれるところだった。この罠を張った者は、人の心理を読むことに長けている。つまり、無理筋を通すべきなのだと一瞬で判断したルィーヒは、損耗覚悟で強引に道を突破した。
途中、腿を深く切られて機動力が落ちたのを感じたが、それでもやや広い空間に出た。とはいえ、そこも10人も入らぬまるで牢屋のような場所だった。
「行き止まりだと?」
そもそも、5つとも行き止まりなのではないか。馬鹿正直に、正解の経路などを作る必要はないのだと、今更ながらに思い至るルィーヒ。
既に脱出路を塞がれ、氷の小部屋には何段かに別れた隙間と、穴がある。部屋の壁は厚く、そこから何が出て来るかは、想像に易い。同じような仕掛けは、二の門にもあったのだから。
「当然だが、罠だな」
ルィーヒが気付くと同時に、側溝からは何本もの長槍が飛び出してきた。元々置いてあるものを突き出すだけでいい。
ルィーヒはその長槍の一本を奪って反撃しようとしたが、引き抜こうとすると反対側の壁につっかえる。そして溝の長さからは、反撃できる長さの武器を持っていない。
ならばと魔術を使おうとして、上手く魔術が詠唱できないことに気付いた。魔術の流れが阻害されるような結界が張ってあるようだ。舌打ちするルィーヒが次の手を考える前に、長槍は足元に、腰の高さに、頭の高さに出たり引っ込んだしている。そうするうちに、少しずつ残された長槍で動きが制限されていく。
「ええい、鬱陶しい!」
ルィーヒが腰の二剣を振るう。檻のようになっていた長槍が全て吹き飛び、剣の手ごたえから一番薄い壁を察したルィーヒはそれを斬り進むべく剣を振るった。当然のように魔術で施された罠によって、壁が棘のように変化してルィーヒに襲いかかるが、ルィーヒの剣速はそれを上回る。
「舐めるな!」
まるで削岩ならぬ削氷とでも言わんばかりの剣速で、氷の壁を掘り進むルィーヒ。その勢いに氷の壁の向こうにいた兵士が慌てて逃げだすのがわかり、もう少しでその背に剣が届こうというところで、突然天井が落ちてルィーヒを叩き潰した。
続く
次回投稿は、7/16(土)10:00です。
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