開戦、その55~消耗戦⑩~
人形兵たちは固定の命令さえ下しておけば、全滅するまでそれを実行しようとする。全滅するまで前進をやめないことを厳に命令すると、ルィーヒは空中に魔術で空気の塊を作り、それを蹴って一気の砦の上に跳んだ。呆然とする兵士が放つ狙いの定まらぬ矢を叩き落とし、手あたり次第に10程度の兵士の首を落とすと、戸惑う兵士の間をぬって突破した。
高さはないとはいえ、人の背丈の10倍はある砦である。そこから飛び降りて一回転して衝撃を吸収すると、あっという間に階段を上っていく剣士を呆然とローマンズランドの兵士は見送った。
「なっ、単独で特攻だと?」
「馬鹿な、独りだけで砦を越えて行けるものか。この先、いくつの砦を用意していると思っている」
兵士たちは驚愕しつつも、押し寄せる人形兵の対処に追われてルィーヒを見逃さざるをえなかった。後方には、砦を突破されたことをセンサーが報告する。
そして次の砦にルィーヒが攻め寄せる姿を認めて対処する前に、同じ方法でルィーヒは砦に登ると、まだ迎撃準備の整わない兵士を手当たり次第に切り捨て、反撃の隙を与える前に突破した。しかもご丁寧にセンサーが後方の砦に連絡することを見越して、センサーを狙って切り捨てた。
そうして最低限の魔術と交戦を繰り返しながら突破するルィーヒの存在が認められ、伝令による迎撃が追いついたのは彼が5つ目の砦を突破する頃だった。
「センサーを2人配置していなければ、連絡が間に合わないところでした」
「かなりの腕利きね。サイレンス本体の一つかしら」
「確認は取れませんが、おそらくはそうでしょう」
被害状況を把握し、矢継ぎ早に指示を飛ばす合間にリサがアルフィリースに伝える。砦どうしの間隔は、イェーガーあるいはローマンズランドの軍属であるセンサーが互いに連絡を取れる距離に限定される。その間隔でアルフィリースは厳寒を利用した築城を指示した。
骨組みだけを作り、間には湿気って使い物にならない草や質の悪い鉱石を詰め、水をかけたり雪を詰め、何度も重ねて凍結させていく。足りない時にはクローゼスやアルフィリースの魔術でさらに氷を敷き詰めながら、簡素な砦を次々と築いていった。その数、現時点で20。築城はまだ続いていて、最大で100ほどの砦を準備できると考えている。
広いところでせいぜい人が20人も通れる幅しかなく、狭ければ10人ほどしか通れない階段と坂の連続だ。砦を築いて相手の進軍を邪魔するのはわけない。アルフィリースはどんな方法で破られるのかわからない二の門よりも、側面が断崖絶壁になっているこの長坂こそが最大の防御だと考えていた。
逆に言えば、春までこの長坂を利用して粘ることができなければ、三の門の防衛力はたかが知れている。スウェンドルがいるローマンズランド本城に登るのはまた別次元の労苦を伴うだろうが、三の門を突破されれば事実上のローマンズランドの滅亡と考えていた。
二の門での防衛戦が有利になってから考え付いた策ではあるが、有効だとは考えている。だが完成前にもし一点突破で三の門を破られれば、それは最悪のシナリオとなる。
「やってくれるわ。この短時間で最適解を出してきたわね」
「しかし、さすがに無謀でしょう。単騎で砦を20も抜くなど不可能です。それに、相手はこの砦がどこまで続くかを知らない。間に一つの休憩もなく、終わりのわからない攻城戦をするなど、精神的にも肉体的にもどれほどの酷使が必要となるのか。いかに先の人形と同程度の性能を持っていても、達成は困難です」
「私もそう思うわ。だけど、なんとしても止める。砦の準備はできても、日に2つが限界。後ろの10個はまだ築城中よ」
「わかっていますよ、だから10個目の砦の戦力を集中させました。もし20個めまで攻め寄せられるようなら、後続の軍も来てしまうでしょう。それでは計算が狂う。そのためには、10と11番目の砦で止めるのが最適です」
リサが進言する箇所とは、岩をくりぬいたような洞穴になっている箇所のことだ。洞穴とはいっても天井は高く光は差し込み、天然の岩橋の下をくぐるだけの場所だ。そこに築城し行く手を塞ぎつつ、さらに11個目の砦をすぐ後方に築いて分厚い防御を可能とした築城にした。
仕掛けの方法は実に単純だが、その発想を聞いた時にはリサを含めたローマンズランドの将兵全員が唖然とし、そして築城に関わった兵士たちは実に楽しそうに取り掛かっていた。子ども心をくすぐるとでもいうのだろうか。
「まさか、砦の内部を氷の迷路にするとは思いませんでした」
「しかも接触タイプの迎撃魔術と、側面からの攻撃用側溝付き」
「いやらしい。まさに邪悪!」
「あなただって楽しんでいたじゃない。勝てるのだったら、何でもありよ。力づくで壊せば相当の被害を覚悟してもらう。突破しても11番目の砦がすぐそこにある。ここで止まってほしいものね」
アルフィリースは飄々と説明していたが、内心はそれほど穏やかではないだろうとリサは察し、その背中を軽く叩いてみせた。
続く
次回投稿は、7/14(木)10:00です。