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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その54~消耗戦⑨~

「命令とあらば赴こう。しかし、シェーンセレノよ。冷静さを欠いているようだが」

「冷静? これが冷静でいられますか! これだけの戦力を集めておいて、あんな門ひとつを落とすのにこの醜態! 我らの怒りを小馬鹿にしたような所業をされて、お前たちの方がなんとも思わないのか!?」

「思うところはある、が同時に矜持を忘れてはいない。我ら、人の世に仇成す10体のヒトガタ。偽りの生命であるからこそ生ある人間を憎み、それを忘れぬためにあえてヒトガタを取り、その営みをなみする存在であるべきだ。人に劣ることはもとより、その行動に影響を受けたり、まして冷静さを欠くなどはもってのほかだ。そうは思わないか?」

「ならば、あの女の首を私の前に持ってきなさい、今すぐに! そうすれば多少溜飲も下がろうというものだわ!」


 シェーンセレノはそれだけ吐き捨てると、大股で天幕を出て行った。軍の編成をするための命令を下すのだろうが、あのような態度をとるシェーンセレノを彼らは初めて見た。

 シェーンセレノがいなくなると、残された護衛のサイレンス2体はどちらとなく顔を見合わせた。質問されない限り一言も発することのない彼らだが、初めて自主的に口を開いた。


「・・・どう思う?」

「どう、とは?」

「シェーンセレノが壊れているのではないかということだ」


 ルィーヒはもう一体の女型の人形、マーリエルに質問した。マーリエルは美しい顔と彫りの深い双眸に何の感情もともさず、シェーンセレノが出て行った天幕の入り口から入る冷気を前に答えた。


「壊れているでしょうね。人間により近い振る舞いをするために人の感情を理解する知性と共感性を持つように造られたはずだが、怒り以外の感情はもたないはず。それが怒り狂うとしても、人間のように悔しがったり、まして冷静さを欠くほどの怒りを抱くとなると、制御を失っていると言わざるをえないでしょう」

「だが、修理する手段はない」

「そう、修理する個体は壊れてしまったから。トランケルが壊れ、我々も残り6体となったわ。全て壊れてしまう前に、目標の達成を見届けたいところだけど」

「私は無理だろうな。シェーンセレノの裏をかくほどの女が、この先何の罠も仕掛けていないはずがない。力を尽くしはするが、結果は見えている」


 ルィーヒが冷静に告げた。その表情には何の感情も浮かんでいないように見えるが、マーリエルのみにわかる揺れがあった。


「貴方も壊れたのね」

「なぜそう思う?」

「今、残念だと思ったでしょう?」

「いや・・・そうか、そうなのか。これが残念だと思う感情か。たしかに私も壊れているな、感情を持つとは」


 ルィーヒは長らく共に過ごしたともがらに、自らの考えを淡々と告げた。一つの目的のために何十年も動いてきて、ここまで来ながらその成果を見ることができないのは、なんとも口惜しいと。そして自分の代わりに計画の成功を見届けてくれと言い残し、彼は天幕を出て行った。後を託す。その言葉と共に表情が和らいだように見えたのは気のせいではあるまい。

 一人になった天幕で、マーリエルはただ無言で佇んでいた。シェーンセレノからの命令がなければ、ここから動くこともできない。剣の風にこのことを報告する必要があるとは思ったが、自ら動けば自分も処分対象だと自ら告げるようなものだと思いとどまった。

 そしてふと思った。そんなことを考えるとなると、自分も壊れているのだろう。


「トランケルがいなくなり、ルィーヒが死にゆくことを寂しいと思うとは、私も壊れたのね。近く、私も後を追うことになるでしょう。そのための最適な獲物が誰か、見定めてから逝くわ」


 マーリエルは腰の剣に手をかけ、きり、と殺気を研ぎ澄ましていた。


***


「なんだ、あの剣士! また砦を突破したぞ!」

「どうなっている! もう10は落とされた!」


 二の門の先、6000段を超える階段で死闘が繰り広げられていた。時刻は少し前に遡る。

 ルィーヒ率いる寄せ手が二の門の瓦礫を踏み越え、三の門に続く階段に迫った時、彼ら人形兵の前には絶望がそびえたった。


「馬鹿な」


 思わずルィーヒですら呟いたのは、そこには新たに砦が建設されていたからだ。段差を利用し、塁壁を高くしてその上から水をかぶせて凍らせ、簡素の砦を作り上げる。魔術耐性を施さずとも、凍り付いた塁壁は厚みをもち、そう簡単に武器も矢も魔術も通すものではない。

 それらの上に連射弩級を数門設置し、さらに奥に投石器を設置し、簡素な砦として行く手を塞ぐ。作成にさほど時間のかからぬ割に堅牢なその砦もどきをルィーヒは寄せ手に命じ一刻程の間に力づくで落としたが、500近い人形兵が犠牲になった。

 そしてその砦を超えてすぐのところに、次の砦が出現したことでさらに絶望は深くなった。ローマンズランド、ひいてはアルフィリースはただ籠城をしていたわけではない。いずれ二の門が突破されることを想定し、奥の階段を利用してこんなものを作っていたのだ。吹雪に目を凝らせば、その先にもさらに砦が見えるではないか。


「まさか、6000段を超える階段に、これを次々と設置しているのか?」


 一つの砦は簡素に作り上げられているが、仕掛けが全て違う。次の砦に取り掛かろうとすると、今度は足元の階段が全て凍っていることに気付いた。凍った坂を上るのは、人形兵とて困難だ。そこに降り注ぐシーカーの矢の雨。

 さらに1000を超える人形兵が犠牲となり、5つ目の砦を落としたところで4分の1の人形兵を失った。既に半日近くが経過しており、人形兵ですら動きが鈍る極寒の中、ルィーヒは決断をした。個人による特攻である。



続く

次回投稿は、7/12(火)10:00です。

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