加護無き土地、その3~囚われて~
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「・・・・・・つ、うう・・・」
アルフィリースが目を覚ます。地面がいやにひんやりとしていて堅く、アルフィリースは寝苦しくて目が覚めた。
「ここは・・・? いたっ!」
石畳の上で体を起こしたアルフィリースが頭に手をやると、手に血が微かに付く。
「そうか、私は頭を殴られて気を失って・・・それからどうしたんだろ?」
「女、お前は捕まったんだよ」
ふいに背後からした言葉に、アルフィリースが驚いて振り返る。野太く低い声にアルフィリースは一瞬で覚醒し、警戒する。時刻は既に夜なのか、明りのない室内で誰がいるのかはっきりとは見えない。目が暗闇に慣れても、月が翳っているせいか、一向に声の主の姿はわからなかった。
「誰?」
「そう言うときには・・・」
「自分から名乗れって?」
アルフィリースがいち早く答えたので、どうやら男らしい声の主は、鼻で笑ったようだった。
「そうだな。俺の安眠を妨害してくれたんだから、お前から名乗ってもらおう」
「私はアルフィリース、旅の傭兵よ。あなたは?」
「俺か、俺は・・・」
その時、月を遮る雲が流れたのか、明りとりの窓ともいえぬ小さな隙間から、光がさっと差し込み男の姿を照らす。その姿を見てアルフィリースは、思わず「あっ」と声を漏らしていた。男はただの男ではなかった。巨人族の男だったのだ。座った状態でも天井に頭が付きそうなほど巨大な男は、手足を凄まじく太い鎖でぐるぐる巻きにされていた。そうでもしないと、彼をここにとどめ置くことはできなかったのだろう。その様子を見て、アルフィリースはここが牢屋なのだと気がつく。
「ここは、牢屋なのね」
「そうだ。それより女、お前は巨人を見るのは初めてか?」
「いえ、初めてじゃないけど・・・話すのは初めてかも」
「そうか」
男は無口な性格なのか、それきり話そうとはしなかった。良く見れば男はそれほど若いというわけでもなさそうで、精悍な顔つきをしつつも、見た目は人間では30少しを過ぎた辺りくらいだろうと、アルフィリースは見当をつける。瞳の色は先ほど一瞬見たときには紫の色で、これは巨人に比較的多い色だった。髪はグレー。短く切りそろえられた髪は、彼の精悍さをよりはっきりと表していた。
一通り彼の観察が終わると、アルフィリースは自身もまた手を後ろでくくられていることに気がつく。ただ彼女の場合は女だと見くびられたのか、手と足を縄で括っただけだった。剣は取られたが、鎧は外されていない。その事にアルフィリースは安堵する。
女の一人旅で、気を失うことは死よりも恐ろしい。自分の体をどうされていてもわからないからだ。実際にまだアルフィリースが一人旅をしている頃、宿に一人で泊っていることがわかると、深夜部屋に押し入ってきた連中がいたことは一度や二度ではない。最初に押し入ってきた男達が素人同然の連中だったためアルフィリースはことなきをえたが、それからは寝ている時でも常に頭のどこかは緊張しっぱなしである。夜襲に備えてのことだ。これはアルフィリースが朝寝坊気味の性格にもかかわらず、必要に迫られて身につけた習性である。
とにかく自分の乙女がまだ無事だとわかると、アルフィリースはさっそく脱出の算段を考え始める。小手も外せないとは、町人の中には彼女の具足を外せる者がいなかったのだろう。確かにちょっと外すのにコツがいる具足ではあるが、最初にこれを師匠が揃えた時は面倒くさいものをどうして準備したのかと文句を言ったが、今では感謝している。「いつか役に立つ時が来る」と言われたのは、嘘ではなかった。
「(なるほど、外すのが面倒な具足はこの時のようなためなのね。これが外しやすい具足だったとすると、とっくに身ぐるみはがれてたわね。ありがとう、師匠)」
アルフィリースは心の中でアルドリュースに感謝しながら、小手の仕込み刃を自分の手に当たらないように出す。そして手を結んでいた縄を斬ると、足もあっさり解放し、自由の身となる。
どこか痛めていないか体の状態を確認し、アルフィリースは牢の鍵がどうなっているかを確認しにいく。その様子をじっと見ている巨人の男。
「その具足・・・特殊だな」
「ん? そうね、確かにあまり見ない型かも」
「その具足に感謝しろ。最初、ここにお前を運んで来た男達は、お前を犯そうとしていた。具足を脱がすのに手間取るうち、外で何か騒ぎがあったようで、呼ばれて出て行き、お前には構えずじまいだったようだがな」
「でしょうね」
具足を少し無理にずらそうとした跡があったからだ。そのくらいはいかに初心なアルフィリースでもわかる。
そして事もなげに平然と対応したアルフィリースに、男は興味を引かれた様だった。
「ほう・・・中々度胸があるな」
「それはどうも・・・ああ、もう! これは私じゃ開かないわね」
アルフィリースが鍵を調べていたが、彼女に錠前破りの技術があるわけではない。諦めたように壁際まで戻り、不機嫌そうにどすんと座るアルフィリース。
その様子をしげしげと見る男。
「あー、どうしようかな? これじゃ出れないわ」
「ふーむ。それなら力を貸そうか?」
男の申し出に、アルフィリースはくるりと顔を向ける。
「どうやって? 身動きできないでしょ、それだけ固定されたら」
「それはどうかな?」
男は意味深にニヤリとする。
「ともかく、お前がここから出たいかどうかだ」
「それはもちろん出たいけど、どうして私を誘うの?」
「ここは俺一人でも出られる。だが、出た後が見当もつかん。なぜなら、俺がこっちにくるのは始めてだからな」
「ああ、なるほど」
そういえば巨人の里はクローゼスがいたあの山のはるか向う、隔絶された北の大地にあると伝えられている。目の前の男は山を越え、こちら側に来たばかりなのだろう。きっと様子がわからないに違いない。
アルフィリースは厄介な荷物を抱えるのはごめんだったが、この男は役に立つかもしれないと考える。魔術の使えないこの土地では、巨人の男の腕力はかなり期待できる。その分この男に何か腹積もりがあれば危険でもあるが、アルフィリースは男の目を見据え、巨躯でやや粗暴な様子ながらもまっすぐな瞳を見つめる。
彼は荒っぽいかもしれないが、嘘をつくような性格ではなさそうだった。その事だけは信じていいともアルフィリースは思うのだ。
「で、どうするんだ? 俺と協力するか、それとも別々に行くのか?」
「対等な立場のつもりかもしれないけど、残念ながら有利なのはこっちよ」
「どういうことだ?」
男は目の前の女が開き直ったかと思ったが、どうやら彼女は何やら勝算があるらしい。
「私には仲間がいる。今夜中にでも助けに来るでしょう。でもあなたにはいないわ。ここを出ても、果たしてどうするのかしら?」
「なるほどな。で、俺にどうしろと?」
「私の仲間にならない?」
「・・・ほう?」
アルフィリースは目の前の巨人の男に何やら感じるものがあったようだ。唐突な誘いに、男はさらにアルフィリースに興味を持ったのだった。
続く
次回投稿は6/12(日)15:00です。