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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その50~消耗戦⑤~

 まだ自分の陣営に加わった者の中には、人形に置き換えていない者も多数いる。だが容易く仲間になっただけに、傑出した者がいないことをシェーンセレノは理解した。数は力だが、局面を打開できるとは限らない。現にこの状況において、あの明らかに怪しい門を自ら突破しようと申し出る覇気ある仲間はいない。

 シェーンセレノは小さく舌打ちすると、切り札を一枚使わなければならないことを覚悟した。


「トランケル」

「応」


 シェーンセレノは背後にいる護衛の一人に声をかけた。だ。用がなければ一言も発しない短髪の筋肉質な剣士が、ずいと前に出た。見るからに戦士の男は、呼ばれた時にはその役目を理解したようだ。


「わかっているわね?」

「罠があれば罠ごと食い破る、ということでいいか?」

「お前は戦闘用の4体のうちの1体だわ。こんなことで使いたくはないけど、頼りになる人間がいないのだから仕方がない。人形兵5000を預けるわ。見事突破してごらんなさい」

「――俺たちに、本来そのような命令を聞く理由はない。だが、指揮官はお前だ。我々はお前の命令を聞くように役目を与えられた。だから従い、命令を達成してみせよう」


 トランケルと呼ばれた剣士は、不満を述べているようでいて、侮蔑も躊躇もなく出撃した。感情をほぼ持たない、戦闘用の個体。普段は指揮官たるシェーンセレノを守るように命令されており、剣の風にならぶ戦闘力を有するはずだが、その剣が振るわれることは滅多にない。今までせいぜい数度しかその戦いぶりを見たことはないが、少なくともアルマスの暗殺者程度なら問題にしないくらいには強く、またその気になれば指揮能力も与えられている。

 他の2体とは少しずつ能力も違っていて、指揮に向いているのはこのトランケルだ。静かに何の感情も言葉もなくトランケルを見送る2体を見て、シェーンセレノはなぜかつまらないと思ってしまった。


「(ふん、人間に毒されているのかしらね。他の人形よりは人間の心の機微を理解できるからこそ、ドライアンとのやりとりの緊張感に比べると実につまらないわ。ましてあのアルフィリースと――そうね、あの人間は門の向こうで何を考えているのかしらね)」


 こんな突拍子もないことをして自分を悩ませる黒髪の女剣士の表情を、思い浮かべてみるシェーンセレノ。だがどう考えても、彼女が不敵な表情をしているようにしか思えない。自分は、果たして彼女の心理と作戦を読めているのだろうかとふと不安になった。


「(馬鹿な、人間と比べて最高級の叡智と思考能力を与えられている私が人間如きにひけをとるはずがない。私は人間以上の存在になった。自己学習能力を持ち、賢人会でもそのおおよその者よりも知性で優れていることを証明してみせた。経済も、行政も、軍事も私の想いのまま。合従軍の諸侯は既に私のいいなりとなり、反対する者は密かに始末してきた。私は人間よりも優秀だ。いずれ人間にとって代われるほどの優秀さだ。あんな小娘に負けるわけがない――だけど、そこからどうするべきなの?)」


 シェーンセレノがふと湧いた疑問を検討しようとして、その疑問が進軍の太鼓と共に煙のようにかき消えたことに、彼女は疑問を抱けなかった。

 全身する合従軍。彼らは5列になって、一糸乱れず前進する。トランケルはその先頭に立ち、大剣と大盾、それに簡素な胸当てと兜を装備していた。面体を下ろさないのは、視界が確保できなくなるから。それに、この吹雪と寒さでは全身鎧は留め具が凍り付き、下手をすると皮膚に張り付いて二度と脱げなくなる可能性がある。それは人間とほぼ同じ素材で構成されている人形とて変わりがない。

 罠があるからと、重装歩兵を使うわけにはいかないのだ。トランケルは油断なく前を見据えていた。


「人間め、何を考えている? まぁ何を用意していたとして、俺に突破できぬものなどないがな」


 トランケルは造られてからの生を、シェーンセレノの護衛として過ごしてきた。そのために造られ、稼働した時には戦い方も、戦術も指揮能力も備わっていた。シェーンセレノの指揮下で戦いも経験したし、小規模な戦争も経験した。知っていることと、実際にやってみることの違いも理解した。油断はない、相手がどんな罠を敷いていたとしても破る確信がある。

 それは驕りではなく、経験則から来る確固たる自身。今回の戦場でも敵がどのような兵器を使うかも見たし、学習もした。だからこそ、彼は理解できない。それが予測ではなく、所詮経験則でしかないことを。



続く

次回投稿は、7/6(水)11:00です。不足分、連日投稿です。

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