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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その44~世界の真実⑨~

***


「・・・あの波動は」

「黒のお姉さまが、一つ上の段階に上がったのよ。母様」


 光あふれる白き瞑想の場で、ラ・フォーゼが静かに答えた。その頬はやや上気し、小さな花のような口が少しだけ妖しく歪んだ。

 力の大半と肉の身を失ったラ・ミリシャーは、以前のような力はなくして精霊のような存在となり、助言をするだけの存在となった。その魔力から知識からその全てを娘に移譲しその役目を終えたが、逆に安堵したような表情さえ見える。同時に、ラ・フォーゼが成熟した様子を見せ、厳めしい表情になり始めるのとは、対照的に。

 ゆえに、御子の覚醒らしき波動が地脈を伝ってきても、ラ・ミリシャーには詳しいことはわからない。


「覚醒ではなくて?」

「ええ、覚醒しかけて自力で戻ったようだわ」

「馬鹿な、ただの人間の娘が御子を御しているとでも?」

「何もおかしなことではないわ、母様」


 ラ・フォーゼは瞳をゆっくりと開けて瞑想を解いた。その途端にあふれ出る威圧感に、ラ・ミリシャーですら畏怖を覚えて、その場で座るように地に伏して平服する。

 役割に忠実な自分の母を見て、感情が揺れたのは過去の話。既にラ・フォーゼはオリュンパス教会の長として、十分な貫録を備え始めていた。


「あ・・・申し訳ありません、白の巫女様。瞑想を妨げるなど、動揺して恥ずかしい真似をいたしました」

「構いません、白の三位よ。二位と三位は、私に直接意見を告げる立場にあります。世に動きがあれば、当然告げなくてはいけない。特に三位たるあなたが動揺するとなれば、それだけの事態ということ。火急の事態であれば感情をもって告げることも、時には必要となるでしょう」

「なるほど、ただならぬ事態であることは私も感じております。ラ・フォーゼ様、私は丁度彼の娘の来訪時にここにおりませなんだが、ただの娘というわけではないのですね?」


 ラ・ミリシャーと対極にある位置に鎮座するのは、白の二位。血筋も悪くはないが、さほどオリュンパス教会の中では有力ではなかったその血筋から一代で成り上がった異端児の冷たい双眸に射られると、ラ・ミリシャーですら身が竦むような思いをする。

 同じ時代であれば確実に一位の座を競って血みどろの争いとなっただろう才能は、ラ・フォーゼと同様のことを感じ、理解しつつあるようだ。

 その彼を静かに見ると、ラ・フォーゼは嬉しそうに微笑んだ。


「然り、二位よ。ただの御子の器程度であれば、私はあれほど気にかけはしなかった。彼女自身に御子と何らかの関係がある才能があり、その力が発露すれば、今後さらなる影響があると思われるわ」

「それは、オリュンパス教会の存亡に関わりますか?」

「いえ、それはないでしょう。ただ、立ち位置を迫られる可能性はあります。彼女に与するか、それとも絶対的に対抗するか・・・その判断を我々の代で迫られる確信だけはあります」

「一位のお考えは、いかに?」


 二位の声は静かだったが、意に添わぬ返答があれば、いつでも一位を追い落とすつもりだという、無言の圧力があった。ラ・ミリシャーは二位の意図に気付いて構えたが、ラ・フォーゼは泰然と答えた。


「個人的には、彼女と友人でありたいと思います。共に研鑽し、高みを目指し、時に相争う――そんな関係こそ理想だと。ですが」

「ですが?」

「私の血統に宿る妄執がそれを許さないでしょう。私はどこかで自分を押さえられなくなる。彼女が御子としての力に完全覚醒した時、私はきっと彼女と戦うことになる。結果がどうかはわかりませんが、それこそが我が使命なことには違いありません」

「その使命を、煩わしいとは思いませんか?」

「思いません」


 きっぱりとラ・フォーゼは言い切った。能力も、精神的にも安定しつつある。新たな白の巫女の完成を、母であるラ・ミリシャーは頼もしく思ったようだが、二位の考えは少し違うようだった。


「ラ・フォーゼ様。僭越ながら、私の考えを述べてもよろしゅうございますか?」

「無論です、二位よ」

「私は黒の巫女と――御子たるあの娘と戦うべきではないと思います」


 叛意とも受け取れるその言葉に、ラ・ミリシャーが激昂する。


「貴様! それはオリュンパスの存在意義を否定するに等しいぞ!」

「だまらっしゃい、三位よ。かつてあなたが一位だった頃に仕えた私ですが、今は私の方が立場は上。あなたにそんなことを意見される謂れはない。まして、肉の身を失くした貴女になど」

「続けなさい、二位よ」


 母の激昂などないがごとく、冷たい一位の言葉が降り注いだ。


「はい、そもオリュンパス教会の存在意義は何か。それは御子などという不確かな存在に頼るのではなく、人間は人間という種族として、自主自立して高みを目指す――その結果が代々の一位であり、貴女方の血族だ。違いますか?」

「いえ、違いません」

「御子という存在は――機構システムと呼ぶ方が正しいのでしょうね。発生次第では、人間という種族そのものを排除する可能性がある。そのことに気付いた我々の祖先は――いえ、賢人族に知恵を授けられたと言うべきですか。多くの人身御供を強いてまでも、人間という種族の限界を目指した」

「二位、あなたそれをどこで――」


 オリュンパス教会創設の契機は、口伝によって代々語られてきた内容だ。ラ・ミリシャーの母から、ラ・ミリシャーへ。そしてラ・ミリシャーはまだラ・フォーゼへと語っていない。その全てを語れるわけではなく、多くの者は力による制約と畏怖でもって従っている。

 なのに、二位は気付いたようだ。異端児だとは思っていたが、これほど鋭い洞察力を備えていたとはラ・ミリシャーは気付かなかった。ラ・フォーゼはそんな彼を、驚くことなくただ静かに見つめていて、二位はラ・ミリシャーなど驚愕などないかの如く続けた。


「人間は、支配者たるべきだ。それは独裁ということではなく、精神構造を発達させた種族として、いまだ未熟な種族を導くべきだと断じます。そのために利用できるものは利用すべきだし、協力すべき相手とは協力すべきだ。自然や精霊だって、御せるものは御すべきだし、それは御子とて変わらない」

「つまり、御子たるお姉さまとは協力すべきだと言っているの?」

「御子というシステムから外れ始めたのであれば、明確に私たちの敵ではない。そういうことを検討してもよいとは思いませんか? いえ、むしろ新たな行き先を見いだせる可能性すらある」


 オリュンパスの行き詰まりと閉塞感を、二位は指摘したのだろう。ラ・ミリシャーもまた、幼き頃に感じた違和感ではある。自らの使命感と代々の妄執で塗りつぶしこそしたが、そのせいでいなくなった者も多い。良人さえも。

 二位の意見は、まっとうなものだとラ・ミリシャーにさえ思えた。冷酷で知られたこの男が、そこまで革新的なことを考えていたとは。いや、ここまでの出世をしながら、オリュンパスの考え方に染まらぬ異端児だからこそなのだろう。あるいは、最初からこの意見を具申したくてここまで昇って来たのかもしれない。

 二位の意見を受けて、ラ・フォーゼはしばし沈黙した。緊張した空気が瞑想の間に満ち。やがてゆっくりとラ・フォーゼが口を開いた。



続く

次回投稿は、6/22(水)12:00です。

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