加護無き土地、その2~臆病な~
「くっそ、イライラするね!」
「ミランダ、無視ですよ?」
「わかってるけど!」
ミランダの苛立ちも無理はない。彼らはアルフィリース達を避けながら、目だけは彼女達を延々と追っているのだ。こんなのは無礼以外の何物でもない。
だからといって力づくでやめさせるわけにもいかず、アルフィリース達はねっとりと絡みつくような目線の中をただ進む。
「あれは武器屋では?」
そんな中楓が指さしたのは、看板に剣の絵が描いている建物。看板は落ちかけているが、ほぼ間違いないだろう。
「なら、雑貨屋もあるかな?」
「この辺が主だった店舗なのかもしれませんね。ここら一帯の建物を調べましょう」
「よし、ある程度手分けするか」
そうして仲間達は何人かずつに別れる。その中でアルフィリースはユーティとエメラルドを伴い、雑貨屋を探すことになった。
「ごめんくださーい!」
アルフィリースが店に入ると、外からでは分からなかったがそこは食事処のようだった。何人か食事をしている人がいるが、誰もかれも無言だった。不気味な店内で、店主らしき中年の女性がアルフィリースを睨むように振り返る。彼女の目つきにぞっとしないものを感じるアルフィリースだが、そこは我慢して女性に質問した。
「あの、雑貨屋さんと、水を汲める場所を御存じでしょうか?」
「・・・」
だが女性は答えない。目つきは相変わらずアルフィリースを睨んだままだった。アルフィリースは声が小さかったのだろうかと、声を強めにする。
「あの! 雑貨屋さんと・・・」
アルフィリースの言葉が終わらぬうちに、バン! と、『閉店』の意を示す看板を、その女主人がアルフィリースに向けて突き出した。そしてくるりとアルフィリースに背を向けると、二度と会話をする気が無いのがよくわかる。
まだ他にも食事をしている客がいるにもかかわらず、このような態度に出ることにさすがのアルフィリースも腹が立ったが、ここで言い争いをしてもしょうがない。また店の客も、そのやりとりに無言だったのが一層アルフィリースには気味が悪かった。アルフィリースは仕方なくすごすごと店を出ると、腹立ち紛れに石を軽く蹴飛ばす。
「何よ、あれ?」
「ホントにね。でも何だか異常な雰囲気を感じたわ」
ユーティは腹を立てるどころか、一層不気味さを感じたようだ。アルフィリースのローブの中で少し震えているのがよくわかる。
「でもどうしよう? 水くらいは最低確保したいけど、ユーティは水の場所がわかる?」
「ううん。それもよくわかんないよ」
「困ったな、どうしよう」
「あるふぃ」
その時、エメラルドがアルフィリースの袖を引いた。彼女が袖を引いて指さす先には、街の住人達が手にこん棒やらなにやらを持って立ちはだかっていた。少なくとも20人近くはいる。
その様子にただ事ではない様子を感じ、アルフィリースは後ろにエメラルドを思わず隠す。
「・・・何の用かしら?」
「その後ろにいる魔物を渡してもらおうか、旅の方」
その中のリーダー格らしい、体格のがっしりした男性が声を発した。アルフィリースは最初その男が発した言葉の内容より、この町の住人が言葉を発した事自体に驚くが、気づけばとんでもないことを言われていた。
「魔物ですって?」
「そうだ!」
「何を根拠に!」
アルフィリースは青ざめながらも言い返す。エメラルドがハルピュイアなどとは、誰も知るはずがないことだ。だが、アルフィリースの考えは甘かった。姿を隠しても、消せないものは沢山ある。
「こいつが教えてくれるのよ!」
村人達が連れてきたのは犬。だが、アルフィリースはその犬を見てはっとした。どれもこれも、普通の犬ではないのだ。目が3つある犬、耳が4つある犬、尾が3つに分かれている犬など、どれもこれも奇形だった。一様にそいつらに共通するのは、口を鉄製のマスクで閉じられ、声を上げられないようになっているということ。
一瞬アルフィリースは魔王の類いかと警戒するが、どうやら少し違うようだ。もしあれらが魔王なら人間の言うことなど聞くはずがないだろう。
その奇妙な犬達を、村人はさぞ自慢そうに説明するのだ。
「こいつらは魔物の肉で育てた特別製の犬だ。普通の犬よりはるかに獰猛で、魔物の肉しか胃がうけつけない。だから魔物の気配には非常に敏感なのさ。お前達がこの町に来る以前から、こいつらが檻を叩いて俺達に危険を知らせてくれたのさ」
「そんな! 私達は何もしないわ!」
「わかるもんかよ!」
アルフィリースの弁解は村人たちの怒声にかき消された。よくよく見れば、村人たちの目は恐怖に濁り、狂気を帯びいてる。既に話しができる状態ではないことくらい、アルフィリースにも一目瞭然だった。一体何が彼らにあったのか。
そんな疑問も、今は考える余裕がない。
「後ろの奴のローブを取れ! 姿を確認してやる」
「この子は病気なのよ。そんなこと言わないで!」
「知ったことか!」
病気を示す偽装も、村人達の目には入らない。ハルピュイアは魔物ではないはずだが、果たしてその言い訳が通じるかどうか。いや、たとい怪しい場所がなかったとして、何を言っても彼らには通じないだろう。ある事情により、それほどこの町の村人は他人を信用できなくなっていた。人の良いアルフィリースには、そのような事は想像もできなかったし、知る由もない。本来なら何も言わずにこの場を脱出するのが正解であったろう。
だが不毛なやりとりを続けるうち、村人達の苛立ちはついに限界を超え始めた。
「お前も魔物か!?」
「違う! 私は人間だ!」
自分で叫んだ言葉に、人間のはずだ、とアルフィリースは思う。どうして自分だけがこのように強い魔力を持っているのかは非常に謎で、自分の両親が魔術を使えたなどという話はとんと聞いたことがない。魔術教会にアルフィリースを売ったのが実の親だと聞かされて、アルフィリースは彼らが本当に自分の両親だろうと疑うことはあったが、調べようもないことだった。
だが他に両親がいるとして、一体どこの何者なのか、想像することすらできないのも事実。アルドリュースに拾われた当初はそのような事を何度も考え、夜毎悪夢にうなされたり寝れなくなることもあったが、やがてそれらの疑問は考えても仕方のない事として、アルフィリースの胸の奥深くへとしまわれたのだ。
それが、今自分が発した言葉をきっかけに、不意にアルフィリースの根底を揺らがせる。そして、一瞬囚われた意識は、彼女に隙を作らせた。
「構わん、判断は犬にさせろ!」
「犬を放て!」
その言葉と共に一斉に犬の口枷が外され、手綱を放たれた10頭以上の犬が猛然と駆けだした。涎を撒き散らし、普通よりもはるかに発達した犬歯を持つ異形の犬共が、目を血走らせながら走って来る。アルフィリースは一瞬恐怖を覚えるが、背中の小さなエメラルドの存在に、はっと意識を引き戻される。
慌てて剣を構えたアルフィリースは異形の犬に目がけて剣を振り下ろすが、元が誤解にも近い状態で始まった戦いである。アルフィリースの剣筋は普段より鈍かった。そのあたりが彼女の優しさでもあり、甘さでもあるのだろうが、相手が彼女の性向を考慮してくれるわけではない。
先頭の2匹程度を叩き伏せた所で、他の犬がエメラルドに突進する。だが、エメラルドも黙ってやられるようなか弱い存在ではない。
「ヤアッ!」
エメラルドはインパルスではない方の腰の剣を抜き放ち様、一頭の犬の喉笛を一閃してかき斬った。その鮮やかな剣技に、おもわず町人からも「おお」と簡単の声が上がる。エメラルドは見た目と違い、決して大人しいだけの性格ではない。またハルピュイア自体もまた、ただ大人しい種族ではないのだ。獣人の一種とも考えられる彼らは、むしろ狩猟民族としての性質が強い。彼らが普通の獣人と違うのは、器用に武器を使いこなすところである。その一人であるエメラルドも、一定以上の剣技を身につけているのだった。
だが一匹を斬った程度ではまったく怯まない犬達に、アルフィリースもエメラルドも懸命に応戦するが、ついにエメラルドのローブが犬の前足にひっかかり、はぎ取られたローブからエメラルドの純白の羽が露わになる。
アルフィリースはまずいと思うが、自分に群がる犬達の相手をするので精一杯だった。
「(くそっ、さっきから魔術が全然使えない! これが精霊の加護が無いってことなの!?)」
アルフィリースは内心の焦りを隠せなかった。普段は危険が迫っても、魔術を使えばなんとかなるという考えがあった。その甘えを後悔するアルフィリース。
そして羽の生えたエメラルドを見て、町人達は一瞬どう反応してよいものかどうか言葉を失くしていたが、誰かが「魔物だ・・・」と呟いたのをきっかけに、全員が唱和を始める。
「やはり魔物だ!」
「魔物は殺せ!」
「生かして街から出すな!」
殺気は伝染病のように町人達に蔓延し、彼らは手に持った農耕具や包丁をアルフィリース達に構えながら、さながら亡者のように群がってきた。
犬の相手で精一杯なアルフィリースは、打つ手がない。そして人間達が二人に群がり始めると犬達は引き、町人達に取り囲まれるアルフィリースとエメラルド。
「あるふぃ!」
「くっ、まずい」
ここで町人達を斬りつければ、それこそ最後の一線を越えてしまうだろうとアルフィリースは思う。傭兵として山賊討伐を何度か経験したことはあるアルフィリースだが、その折に人を斬った時もアルフィリースは手の震えが止まらなかった。傍にあの身だしなみの出来ないラインが来て手を取ってくれるまで、震えるアルフィリースは剣を握りっぱなしだった。
それからも何度か人を斬る時はあったものの、全てギルドの依頼だった。それは賞金首や犯罪者と言うことにすればまだ気持ちのやりどころもあったが、今回の相手は何の罪もない町人達である。本当に罪が無いかどうかはまた別の話だが、アルフィリースにとって彼らを手にかける選択肢はあり得なかった。
かといって素手で蹴散らせるほどの人数でもない。八方ふさがりなアルフィリースは決断をした。
「エメラルド、逃げなさい!」
「!?」
その言葉が理解できなかったのか、あるいは理解してもそうしたくなかったのか。アルフィリースの傍を離れようとしないエメラルド。
「やー!」
「馬鹿っ! このままじゃ、貴女が殺されるわよ!」
「そうは言っても、アルフィリースはどうするの?」
見かねたユーティがアルフィリースの耳元で叫ぶ。
「私は・・・多分大丈夫。どこからどう見ても人間だし、多分殺されないわよ!」
「希望的観測もいい加減にしなさいよね!」
「でも、このままだと確実にエメラルドは殺されるわ! だからユーティ、お願い!」
アルフィリースが、そこまで素直にユーティに頼みごとをするのは初めてかもしれなかった。ユーティは一瞬で状況を判断すると、アルフィリースのフードを飛び出してエメラルドに逃げるよう話しかける。
突然現れたユーティの姿に町人が驚き、さらにユーティが「喰ってやろうか、こらぁ!」などと叫んだせいで、臆病な町人達は一瞬のけぞる。その隙を利用して愚図るエメラルドの頬をユーティが引っ叩き、無理矢理空に逃がす。
「アルフィ! 絶対に皆を連れて戻って来るんだから、それまで無事でいなさいよ!?」
「わかってる!」
「あるふぃ!」
最後にエメラルドの叫び声が聞こえた気がしたが、アルフィリースとて、もはや彼女にかかずらう余裕はなかった。
「さて、どうしようかしら?」
アルフィリースが剣を構え直すも、町人はいつの間にか増えており、50人からの大の男に囲まれては、例え躊躇なく剣を振っても脱出は難しい。
アルフィリースがせめて建物を背にしようと、じりじりとあとずさると、ふいに手に絡みつく何か。
「あっ!?」
アルフィリースがその何かに気がついた時には既に遅かった。建物の中から、先に重しをつけた縄が次々と飛び出してきて、アルフィリースの体を絡め取ったのだ。建物の中にも、当然のことながら多くの町人はいるのである。
「しまった!」
そして地面に引き倒されたアルフィリースが見たのは、自分の頭目がけて振り下ろされるこん棒のようなものだった。
続く
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