開戦、その43~世界の真実⑧~
「それはない・・・と思う。御子の完全覚醒は厄介だ。彼女は――いや、本来性別などないのだろうが、彼らは『大陸全ての生ける者』のために存在する装置であり、そのための障害となる全てを排除する存在だと聞いた。つまりは、彼らの胸算用一つで障害と判定されたあらゆる種族は、排除される可能性があるそうだ」
「なにそれ、横暴だね」
「そう思う。だからオーランゼブル様は、彼らが完全に覚醒しないようにあらゆる手を打ってきたと言っていた。今回もそのはずだったのに、今回御子が宿った女は例外中の例外だ。だがもう既に計画は成った。今更何事かをしようとしても、御子ですら止められまい」
「そうなんだ。ちなみに単純な疑問なんだけど、計画が成功した場合、僕や君はどうなるの? あるいはハイエルフの皆は?」
ピートフロートのつぶらな黒い瞳が、ファーシルを見つめる。そこに純粋な疑問だけを感じ取ったファーシルは素直に答えようとしたが、その底にある意図にまでは気付かなかった。
「君は・・・ひょっとしたら精霊として格上げされるかもしれないな」
「格上げ?」
「この大陸はかつてのように、自然と精霊が豊かな大地に戻るはずだ。つまりそれは、君のような精霊にも良い影響を与えるだろう」
「闇の精霊でも?」
「闇かどうかは関係ない。五大属性が強化されれば、それらを照らす光も闇も強化されるはずだ。当然精霊魔術を行使する僕らハイエルフも力を増すだろうし、大魔術の核として取り込まられている仲間たちも役割を終え、解放されるはずだ」
「つまり、皆に会える?」
「そうなる。そのことを、どれだけ待ち詫びたか」
やや興奮気味に話すファーシルを見て、これほど感情を正面に出すほどには待ちわびていることをピートフロートは察した。そんな彼をほほえましく、そして憐れんで見ていると、何を勘違いしたのか、ファーシルは頬を赤らめて立ち上がった。
「少し興奮したようだ、すまない」
「いいよ。それだけ信頼されているってことだよね。嬉しい」
「そういうわけでは――いや、そういうことなのか。少し休憩が長すぎたようだ。もう行くよ」
「ああ、またね」
ファーシルがその場から転移魔術で消えてから間もなく、入れ替わるようにドゥームがその場に転移魔術で出現した。
ドゥームは経った今までファーシルが寝転んでいた場所に同じように寝ころび、曇天を見上げていた。
「うーん、眺めが悪い!」
「悪霊なら、曇天や雨天こそ望ましいんじゃないの?」
「悪霊を何だと思っているのさ。悪霊だって美しいものはわかるんだからね! 寒風で半分枯れた冬の花畑より、花の香りにむせぶ春の晴天の方が美しいに決まっているじゃないか!」
「絶対、君だけの感性だね。相変わらずおかしな悪霊だよ、君は」
「おかしくて結構! それより首尾は?」
「うん、上々。本当は一度押し倒してやれば、もっと確実だろうけど。たとえば――」
「あ、具体的な表現は結構だよ」
「そうか、残念」
ピートフロート不穏な言葉を口にしながら、指で輪っかを作って微笑んで見せた。その指先がファーシルの消えた地面をなぞると、そこには魔法陣が再現されたのだ。
「転移の瞬間を見たからね、再現はばっちりさ。今まで何度か見たから、彼の魔術の発動とか、構成の癖は理解した」
「アノーマリーの知識を共有したおかげだね。彼の転移魔術はハイエルフのそれよりも高度で正確だ。理論さえ分かっていれば、転移魔術のどこに注目すればどこに転移できるのか、理解できるようになる」
「さすがに初見で見破るのは不可能だったけど、何度も見れば簡単さ。これで転移魔術の再現ができるね?」
「だからといって、再現するつもりはないけどね? 何度か転移魔術を経由している可能性はあるし、行き先に罠がある可能性もある。再現するのはあくまで魔法陣だけで、そこから実際の座標を割り出すのさ。魔術は使わず、静かにひっそりと忍び込む。それこそ、悪霊のように」
「格好良く言っているけど、それ、ただの泥棒と一緒だから」
「雰囲気は大切だよ」
ドゥームもまたピートフロートとおなじ転移魔法陣を再現しながら、座標を割り出していた。普通は魔法陣を見ただけで具体的な土地の座標を割り出すことは不可能だ。それを可能にするのは、遺跡で得た知識なのだろう。
ドゥームの恐ろしい所は、着想と発想だと思う。舌先三寸で人を操ってきたピートフロートでも、こんな人物は見たことがなかった。
「君の方の成果はどうなのさ?」
「サイレンスとは交渉が決裂した。というか、彼らは最初からオーランゼブルの計画を利用しているだけで、誰ともその思想が相容れることはない。計画達成のためには自らの生存すら度外視だ。絶対に排除すべきだと思うけど、そのための手札がまだ揃わない。オーランゼブルの計画発動までに、なんとかできそうにもないね。シェーンセレノの周囲には、戦闘用のサイレンスが揃っていた。あれを突き崩すだけの手駒がないね。ティタニアやリシー級の戦士が必要だ」
「そこまでなんだ。カラミティは?」
「オーランゼブルの計画が発動すれば、カラミティは全盛期の力を取り戻すんじゃないの? 彼女の元になった生き物と御子としての能力を考えれば、そう考えるのが妥当だ。ローマンズランドもスウェンドルも、策士クラウゼルやオーランゼブルでさえそこまで考えが至っていない可能性はある」
「それさぁ、手に負えない化け物が覚醒するってことでしょ? どうするのさ」
困惑した様子でピートフロートが不安を吐露する。対するドゥームは、いつものように嫌な笑みを浮かべていた。
「手は打った。どいつもこいつも、歯ぎしりさせるような結果にするって宣言したよね? おそらくは、僕の目論見通りになる。所詮は魔法っていう法則が相手だ。いつの時も、ままならないのは人間の感情と行動の方だよ」
「それ、僕たちにも当てはまるぞ?」
「だからこそ、こんな馬鹿で愚かなことをしている。だろ?」
「なんて身も蓋もないことを言うんだ」
曇天の花畑に咲く2つの闇は、その花を大きく咲かせるように笑っていた。
続く
次回投稿は、6/20(月)12:00です。