開戦、その41~世界の真実⑥~
「これでいいのかしら?」
「つい同調してしまいましたが、人理を超えた理で構成されているはずの結界をこうも容易く修復できてしまうことに、驚きを禁じ得ません」
「そうなのか? 私もアルフィリースのやり方を真似してやっただけだ」
御子の驚愕をポルスカヤは理解できないようだ。
「一度自分で見て、自分で壊したものを直せない方がどうかしていると思うけどな。ってか、直せそうにもないものを壊すべきではないと言うか」
「そのあたりがアルフィリースは常識外れ――いえ、もう今さらですね。ですが一度とはいえ、封印とでもいうべき結界が壊れて私が解放されたのです。その覚醒を気取った者が気付いていてもおかしくはないですし、影響は避けられないでしょう」
「私がここに来たのがその証だしな。まぁ、カラミティの本体が眠る極寒のローマンズランドくんだりまで来る者が多くはなかろう。覚醒が一瞬で終わっているから、ただの予兆として済ませてくれれば幸いだ」
御子の懸念を、ユグドラシルがやわらげた。アルフィリースはふと疑念に思う。
「もし御子が完全に覚醒していたら、どうなったの?」
「レーヴァンティンから情報を受けたかもしれないが、正しく完全覚醒した御子は凄まじい力を持つ。その能力は魔法律によって違いもあるが、カラミティの素材となった人間の娘ですら半覚醒にも至っていない。その状態で、あれだ。わかるな?」
「もっと具体的には?」
「ローマンズランドが永久凍土になるか、完全なる雪解けを果たして春が突然訪れるか、そのどちらかかしらね」
御子が代わりに応え、アルフィリースが身震いした。それは、存在するだけで魔法並みに周囲に影響を与えるということと同義だった。
御子は続けた。
「そして他にも、ドラグレオと一緒にいる御子は自らの能力を忌避し、抑え込んで生きているわ。彼女は生涯、その力を望んで使うことはないでしょう。この大陸に存在する御子は、今のところその3体かしらね。他にもいたはずだけど、霧散したかいまだ覚醒には至らないか――理由は私にもわからないわ」
「ドラグレオと一緒にって――あの背負われていた少女が!?」
「向こうは気付いていたかもしれないぞ、現時点では彼女が一番御子としての能力を使いこなしている。そして遺跡が稼働停止したせいもあるかもしれないが、御子が少ないというその辺りの原因究明は私もできていない」
「ユグドって、万能なんじゃないの?」
「馬鹿な、この世に神などいない。それは先の文明ですらそうだった。もし万能の神などいれば、それこそ滅びなどするものか。だからこそ三体の女神にも付け入る隙があるというのが理屈だが、誰もそこまで至って――ぐっ」
ユグドラシルが頭を押さえてふらついたので、アルフィリースが慌てて駆け寄る。
「大丈夫?」
「ああ、平気だ、どうやら権限に抵触するようだな。それは私の口から伝えることはできないようだ」
「不便なのね」
「だからこそよいのかもしれない。何でも思い通りになるようなら、力を持つ者しか全ての物事を決定できないことになる。それは健全な社会構造ではない。目指すべきは、そんな世の中ではなかろうよ」
「ではユグドは、どうするべきだと思う?」
アルフィリースの目は懊悩に満ちていた。ユグドラシルはその悩みにある程度答えを持ち合わせていたが、それこそここで口にするべきことではないだろうと、必死に思いとどまった。
「それは英雄的な悩みだな、アルフィリース?」
「そんなつもりはないけど、英雄か魔王かは紙一重というところかもしれないわね。自分で選んだ道とはいえ、少々影響力を持ちすぎたとは思うわ。時に、肩の荷を下ろしたくもなる」
「下ろしたくなればそうすればいい。それが出来ると言うことも、また忘れることなかれ。そして先に立つ者として私は道を指し示すこともできるが、共に歩む者もまた多いことを忘れるな」
「示唆に満ちているようで、いわゆる丸投げよね、それって」
「そう言われても仕方がない。道は前に広がるものではなく、歩んだ後にできるものだ。先頭を行くことに疲れたら、少し休むのもよいだろうさ」
「わかったわ。ただ、まだその時ではなさそうね?」
アルフィリースは意を決したように前を向くと、最後に一つだけ質問をした。
「ねぇ、先に立つ者は――あなた一人なのかしら?」
「――さぁ、どうだろうな」
「わかったわ――いろんな可能性を考えて備えておかないとね。御子、ポル。これからも力を貸してくれるかしら?」
アルフィリースの呼びかけに、きょとんとした2人。その問いかけが、心底意外そうだった。
「力を貸すと言うか――ここにいていいのか、私は」
「私も――迷惑だとばかり。顕現すれば、あなたの自我を消してしまうかもしれないと言うのに」
「そんなので吹き飛ぶような、やわな自分ではないと思っているけど・・・自信過剰かなぁ?」
「いや、図太さは天下一品だ」
「同意します」
「ひどぉい!」
やんのやんのと騒ぐ姦しい3人の娘――と思えるほど、老成したのかとユグドラシルはふと自分を顧みて、笑っている自分に気付いた。
御子と影だけでなく、自分を笑わせるアルフィリースに改めて感心すると共に、これが人間と関わるということかと考え、やはりオーランゼブルの計画は最初からもっとも大切な因子が欠落していたのではないかと、ユグドラシルは今答えを得た気分になっていた。
続く
次回投稿は、6/16(木)12:00です。