開戦、その40~世界の真実⑤~
「私もまた語る口はもたない。だがそうだな――私は保険のようなものだと思ってもらえればいいだろう」
「保険だって?」
「そうだ、何者でもなかった影よ――この大地で起こる全ての事は、この大地に棲む者が解決すべきだと考えた者がいるのだ。だがそれがどうにもならなかった時――あるいは、余計な者が手を出そうとした時。私はそんな時にだけ力を貸すことができる」
「だから、オーランゼブルの側についてその行動を見守ろうとしたの?」
「そうだ。奴の行動が逸脱し過ぎぬように、そして奴の計画が失敗しないように。なにせ、大陸を巻き込む大魔術だからな。失敗して大陸が崩壊する様なことになれば、あまりに間抜けというもの。そういう観点で、いくつかの助言と助力をそれと知られぬように行った。オーランゼブルでさえも気付いていまい」
「だったら、師匠のやったことは――」
「ああ、人間の知性としては完全に逸脱しているな」
アルフィリースの疑問に、ユグドラシルは頷いた。
「元々、人間としては賢し過ぎる男だ。本来ならば奴こそが時代の英雄として、王として君臨すべき存在だった。ただ本人にはその気がなく――これがまた人間らしいといえばらしいのだが、精神的に奴は王でも英雄でもなかったのだ。奴は自分の欲のためだけに動き、ついには遺跡の知性を一部得るにまで至ってしまった。それこそ、面白半分にオーランゼブルの計画を邪魔するくらいには、万物を知っていたよ」
「面白半分って・・・」
「それくらいの愉快犯でなければ、婚姻済みの真竜に手を出しなどしない。色んな意味で、人間としての倫理観は当てはまらない男だった」
「とんでもない男だな。そんなのに育てられたこいつもこいつだが、育てさせたと言うべきか」
ポルスカヤがアルフィリースを呆れたようにじろりと見たが、当のアルフィリースはどう反応すべきかわからず、困ったように結界を修復し続けた。
「稼働を停止したものも含め、それぞれの遺跡が何を担当していたかまでは私も詳しくは知らない。遺跡を造った者はそれぞれ全て別だし、本来の機能とは別の情報や機能を悪戯半分に仕込んでいたとして、それまで把握することは私にも不可能だ。だから一度アルドリュースの前にも出現したのだが、奴は私を警戒して何も語ろうとも知ろうともしなかった。これでは私も何も言い様がないことを、直感でわかっていたのだろうな。奴は私の存在にも気づいていたのだろう。だからこそ、アルフィリースに私は興味を持った。あれほどの男が全てを教えた可能性があるのだから。当然、遺跡のことに関しても知っている可能性があったが、そこはよほど自制心が働いたのか、肝心なことはほとんど伝えていないようだ。もっとも、飛竜や魔獣と意思疎通したり、共通の言語パターンや世に知られていないはずの物理学や魔術は一部それとなく知らされているがな」
「え、そうなの?」
「そうだよ。常識がないどころか、そんな常識は存在しないってことも知らなかったんだから。ま、私も人間世界の常識なんて知らないから、何が常識か知り様もなかったけどね。だから、あんたがずれているのはしょうがないわけさ、アルフィリース。元々ずれたことを良かれ悪かれ教えられているんだから」
「そうだったのかー」
「なんて緊張感のない」
御子が思わずふっと笑ったのを見て、ユグドラシルは感慨深げに3人のやり取りを見ていた。御子に本来人間のような感情はない。彼女はアルフィリースが知った通りのシステムで、精霊の代弁者であること以外の機能を本来はもたないのだ。その御子が人間とのやりとりを成立させ、あまつさえ笑うなどという高度な精神構造を持つなどとは、ありえない。御子は顕現すれば、元の生物の精神構造を破壊する、というよりは御子の容量を受け止めることができなくて消滅する。それを同時に、ポルスカヤという怨念と戦いの化身のようなものまで同居させてしまうのだから、これこそが才能と言わずしてなんと言うのかと思う。
自分ですら、こうして話し込んでしまうほどには興味を引かれる人間だ。
「(特性、ではないな。単に、人間としての経験が作り上げた器だろう。こういう者が生まれうるからこそ、人間は可能性に満ちているとかつて考えた者がいたのだろうな。母上、そういうことだったのですか?)」
ユグドラシルはふと原初の記憶を思い出していた。懐かしむ、という感傷など存在しないはずの自分がこんなことを考えることもまた、アルフィリースや人間の影響を受けているのだろう。
そうこうするうち、結界の修復が終わったようだ。御子の立ち位置は、再度アルフィリースと影とは離れていた。
続く
次回投稿は、6/14(火)14:00です。