開戦、その39~世界の真実④~
「御子に聞きたいわ。オーランゼブルの計画を阻止できると思う?」
「もう結論は出ているのでは? 地脈に沿った大魔術を下手に妨害すると、どうなるか。下手をすると、その場で大陸が破滅するわ」
「無効化することも不可能?」
「人間の知性では無理ね。それこそかつてあったような高度な演算装置――遺跡を生み出したような高度な知生体か、あるいは遺跡その者や管理者の演算能力をもってしてしかオーランゼブルの魔術を看破する方法はないと思う。たとえあなたやコーウェンがどれほど賢かろうと、いまだ人間の知性の範疇は出ていないわ。時間をかければ出来るかもしれないけど、今から大陸全土に及ぶ魔術式を看破したところで、妨害する手段を講じる時間がない」
「発動は、次の春?」
「おそらくは。生命の息吹に合わせて、発動するはず」
「そうか」
アルフィリースはしばし考えていたが、沈黙の重さに耐えられないポルスカヤが口を開く。
「どうするんだ? 魔術は阻止できない。大陸の破滅が先となりゃあ、人間であるアルフィリースは逃げ出したっていいんじゃないのか?」
「それは――」
「そうね、それも一つの選択肢だわ」
戸惑うアルフィリースに対し、肯定的な言葉を投げたのは他ならない御子だった。その表情は慙愧の念に堪えない。
「・・・あなたの中に私が顕現したことは、本当に偶然だわ。だけど、あなたには類稀なる適性があった。あなたが畏敬の念をもって扱われていれば、悲しい思いをすることもなく、正式に御子として覚醒し、ひょっとしたら私と共生することも可能だったかもしれない」
「あー・・・それに関しては、私には謝罪しかできないな。意図的に体を乗っ取って魔術を暴走させ、お前の運命を追い込んだ。占星術を操作して、魔術協会や魔女の追跡から隠したのはオーランゼブルだ。それがなきゃあ、どちらには保護されていただろう。その運命が幸せかどうかはさておき、征伐部隊とやりあうなんて運命はなかったはずだ」
「・・・ねぇ、師匠が私のところに通りがかったのは、本当に偶然なのかな」
共に謝罪を述べる2人を前に、アルフィリースは別のことを考え口にしていた。その発言に、思わず互いに顔を見合わせる2人。
「それは偶然だろう。アルドリュースなる奴と直接会話したことはないが、私はあの時出会ったのが初めてだ。いかに力を使い切れていないとはいえ、抑え込まれたことには驚いたがね。人間にしては、常軌を逸した戦い方の上手さだったことは認める」
「オーランゼブルも彼には干渉していないどころか、邪魔をされたようですね。計画ではオーランゼブルの魔術の発動はもう少し早い予定だった。月と星の巡りを考えると、あと20年は早い方がより効率的だったから。計画がアルドリュースに邪魔されたことで私が人間に顕現することが確定的となり、次善の策としてあなたにそこのポルスカヤを憑りつかせた。星の巡りを見ていれば、計画が遅れればどんなことになるかはオーランゼブルはわかっていたはず。計画が遅れたことで、御子の適性があるあなたが生まれることがわかったオーランゼブルはさぞかし焦ったでしょうね」
「つまり、師匠が稼いだ20年のせいで、随分といろんな運命が変わったんだよね? それが不思議なの。誰かが意図的にやったかのような流れに見えるんだよね」
「アルドリュースは遺跡の関係者だ」
アルフィリースの疑問に答えるように、突然ユグドラシルが出現した。誰も入れないはずの意識の世界の突然出現した第三者に、3人ともがぎょっとした。
「なぜここに――」
「お前、いったい」
「ユグドの助平!」
「言うに事を欠いて、第一声がそれか」
アルフィリースに非難の声に、さしものユグドラシルも苦笑いする。だがすぐに気を取り直して、語り始めた。
「御子を封印していた結界を、そなたが無理矢理こじ開けたのだ。既に外の世界には影響が出ている。私でなくとも気が付く者はいるだろう、私のように」
「休眠中だったのでは?」
「いまだ体は寝ている、だから意識だけ飛ばしたのだ。これが一番早いからな。御子が目覚めたとなれば、一斉に古き者どもが動き始めるだろう。オーランゼブルも気が気ではないはず。阻止されることはなとわかっていても、落ち着いてはいられないだろうからな。何らかの動きを仕掛けて来るかもしれない。お前たち、今のうちに再度封印を施すぞ。今この逃げ場のないローマンズランドで、オーランゼブルが仕掛けて来てみろ。逃げ場はないぞ」
「たしかに」
ユグドラシルに促されるまま、アルフィリース、ポルスカヤ、御子は協力して再度御子を意識の奥に封印するように結界を張り始めた。
それをユグドラシルは感慨深げに見守っていた。
「出会うはずのない三人の娘がここにいるとはな・・・このような可能性は誰も想像していなかった」
「何か言った?」
「お前たちの出会いはそれ自体が奇跡ということだ。そしてお前たちだから出来ることもあるだろう」
「それは、オーランゼブルの計画その後ということね?」
「そうだ」
結界は既に半分ほど張り直されている。これなら御子の覚醒は気のせいで済むかもしれない。よしんば気付かれたとしても、意識だけでも飛ばして警告すれば済むかとユグドラシルはほっとした。
「オーランゼブルには忠告したが、オーランゼブルは誰も信用していなさ過ぎる。当然、それが他人を侮ることに繋がっていることも気付いていない。自らが侮っているはずの人間の生命を犠牲にして、魔術を完成させているのだ。人間の生命と可能性が大陸の運命そのものに繋がっていることすら、理解できていないようだ。人間やその他の生命を犠牲にして補填された大陸の活力がどのように作用するか、奴は何もわかっていない」
「それって――大陸が人間とかに近い性質を持つってこと?」
「そこまでは言わないが、あるべき姿ではなかろう。それに――オーランゼブルが一番準備をしていると思っているが、それが全てとは限らないと言うことだ」
「――ユグド。あなた、何を知っているの?」
「あなたは遺跡の管理者より上位の存在だ。そうだな?」
御子の指摘に、ユグドラシルは肯定も否定もしなかった。
続く
次回投稿は、6/12(日)12:00です。