開戦、その38~世界の真実③~
「それは――世界が滅亡するってことか」
「そうね、それは確定的だわ。御子――と、あえて呼ぶけど。あと何年くらいかしら?」
「概算では500年と少しね。2000年以上前から予測されていたことだけど、少しも予定に変わりないわ」
御子があっさりと告げた言葉に、ポルスカヤは立ち上がれないでいる。
「世界が滅び――いや、既に滅びていたのか?」
「レーヴァンティンからの情報ではね。かつて世界はもっと広く、生物は今よりも優秀で、文明はさらに発展していたそうよ。どのくらい発展していたかと言うと、建造物は雲を超えて高く、別の星への移住計画が始まるくらいには。大地は生物であふれ、全ての種族が互いの立場を尊重し仲睦まじく、精霊の恵みに感謝することも忘れない。そんな時代がかつて本当にあったそうよ」
「もちろん完璧な時間は長く続かなかった。私はその世界の後期に生まれた、精霊の管理者。一定の法則と魔法で編まれた、魔法律――とでも言えば適当かしら? 普通は言葉をの持たぬ、自然と精霊の言い分を他の生物に伝える役目を負っているわ。私が生まれたのは、世界が滅びる決定的な事態が起きた後だった」
御子は懐かしむように天を仰いだ。そして涙を流して語る。
「――その時のことは、知識と断片的な映像でしかしらない。記録媒体でもあるレーヴァンティンですら、正確な情報は残っていない。だって、大陸が壊滅する様な――星が崩壊する直前までいったそうだから、記録があったって破損するのが当然よね。かつての大陸は、今の数千倍をゆうに超えるのだから、それが崩壊する時の衝撃はどのくらいだったのか」
「数千倍――本当か?」
「例えれば、ラキアの速度をもってしても星を一周するのに一月かかるほどの大きさと言えばわかるかしら?」
ラキアは現在の大陸なら、半日で端から端まで飛べる。どれほどの大きさかは、想像できないほどの規模になる。
口をぱくぱくさせながら、ポルスカヤは必死で質問を考えた。
「誰だ――誰がそんなことをやった?」
「記録では怒れる3人の女神――その詳細は一切残っていないけど、あらゆる手段を用いて全大陸の生物が抵抗したけど無駄だったそうよ。あらゆる手段の比喩は――そうね。全能力解放状態のレーヴァンティンが数十本あって、それを振るう戦士が数百人いて、それでも一日で壊滅したと言ったら、わかりやすいかしら? 遺跡で遭遇した使徒――あれが完全に顕現した状態の化け物を使い魔にするのだから、いったいどんな女神だったのかしらね」
「いやいやいや、想像できないからな? んじゃあ、なんで跡形もなくこの世界は消し飛んでないんだよ? 完全に滅ぼされていいだろ?」
「それはわからない。ひょっとしたら必死の抵抗の成果なのかもしれないし、女神の方も力尽きたのかもしれない。ただの気まぐれかもしれない。ただ、人外の力を用いた争いは、星を巻き込んだ地殻変動を起こし、ほとんどの大陸は海の下に没するか、消し飛んだそうよ。ここは最後の生物が暮らす大陸で、楽園になる――はずだった」
御子は語った。最後の楽園となった大陸に集められたのは、7体の強力な古代種と7つの有能な種族。ただそれも生き延びていたというだけで、本当に有能だったかどうかは不明だと。なぜなら、かつては竜も魔人も古代に生きた人間にとっては下僕同然の能力しか有しておらず、かつての人間は今とは比較にならないほどの能力を有していたとか。
あのバイクゼルすら、かつての人間にとっては生体電池としてくらいの利用価値しかなかったということ。
「生体――なんだって?」
「言ってみれば、高率の良い薪のようなもの――その例えでいいかしら?」
「その理解で合っているわ」
「マジかよ」
時を凍らせる魔法を使う相手が薪扱いとか、想像もできない。ポルスカヤはついに深く考えるのをやめて、寝転がってしまった。
「ついていけねぇ、行きたくねぇ」
「私も気持ちは同じ。でも続けて」
「無論」
御子はさらに語った。下僕の扱いから急に大陸の指導者としての役割を与えられた種族と7体の生物は戸惑った。かつての人間ですら滅ぼしてしまった世界を、どうやって維持していくのか。正解はない。彼らは一生懸命に考えた。
その過程で、愚かな者たちが争いを始めた。何があって、どんなきっかけで誰が始めたかは、顕現と休眠を繰り返す御子にはわからない。ウッコとアッカは原因かもしれないが、その要素の一つにしか過ぎない。ただ気付いた時には、残された世界すら滅びの一途をたどっていた。
「楽園はいつまでもあるものだと思っていた。だけど地殻変動の予兆が出た時に、滅びは運命だと誰もが言い始めた。地殻変動を止めようと主張する者、諦めて滅びまでの時間を退廃的に使おうとした者、考えることをやめた者、新天地を探そうとした者。対処は様々だったけど、オーランゼブルの行動はその中で現実的なものだった」
「なんだよ、それは」
「大陸の延命――とでもいえばいいのかしらね」
御子の表情が緩んだ。それは歓迎のようでいて、諦観のようでもあった。嬉しくも悲しくもあれば、こんな表情になるだろうか。
「変動に伴って枯渇していく精霊に気付いたオーランゼブルは、大陸そのものの精霊を増やそうとした。それが大陸を巻き込んだ儀式魔術。増えすぎた他の生命を犠牲にして、この大陸そのものを豊かにして、崩壊を防ぐ。それがオーランゼブルの考えたことよ」
「それが、世界の真実。オーランゼブルはこの儀式魔術の完遂をもって、大陸の真実を世の中に知らしめるつもりよ。放っておけば、やがて滅びるのだとね。そして、どうすればよいのかを語り掛けるつもりなのではないかしら?」
「馬鹿な! それならどうして、正直に伝えて協力を求めない!?」
「オーランゼブルは誰にも期待していない。それはおそらく、自分だけではなく、古竜にもハイエルフにも、魔人にも。ええ、もちろん人間にも」
かつての完璧な人間ですら、世界を滅ぼしたのだ。その中で劣等種だった自分たちに何ができるのか。現に自分たちのしたことと言ったら、相争ったことだけではないか。結果、ほとんどの種族が滅びた。そして人間たちも同じことに終始している――
「結果を見ればそういうことよ。それを間近で見ていたオーランゼブルは、何を考えたでしょうね。そして次代を担うべき種族の長は、自覚のないグウェンドルフ、鍛錬にしか興味のないゴーラ、暴れん坊のブロンセル、謳うことしか能のないイェラシャ。私がオーランゼブルの立場でも、やけくそになりそうだわ」
「共感してどうするんだ」
「全てを見ていたレーヴァンティンに、感情はないわ。でも、得た情報から想像される彼らの人物像はそんなところね。御子も同じような感情と印象だったのではないの?」
「私は法則のような存在なので、レーヴァンティン同様に本来そのような感情はないわ。だけど――」
精霊の言い分を伝えるべく顕現しようとすると、人数の比率から徐々に人間として顕現するようになっていった。だが人間の精神は未熟で、顕現するにも時間がかかり、あるいは顕現しても器が耐えきれずに崩壊したり発狂することがあった。
そんなことを繰り返しているうちに、自分という存在を認識できる者がほとんどいなくなり、そして――
「オーランゼブルはいまさら私が邪魔だと思ったようね。自分の計画を成就させるために、覆せるだけの力をもち、予想できない因子は排除するか制御下に置こうとした。占星術を駆使し、私の権限を予測し、そしてあなたを遣わした」
「なるほど、それがたまたまアルフィリースだったわけか」
「オーランゼブルの計画はおおよそ正しい。時間を稼ぎ、その間に滅びに瀕した種族の力を結集して何かできないかを考えようとしていると思う。あるいは、地殻変動ならその間に別の大陸が隆起しないかと考えている。小規模な大地の隆起は、今までもあったそうだしね。だけど――」
上手くいかないだろう、とアルフィリースは小さく呟いた。オーランゼブルが大量の人間を生贄にしたという事実は、おそらく伏せられる。だがアルフィリースもそうだし、黒の魔術士や、それ以外のスウェンドルやあるいは浄儀白楽、オリュンパス教会などは既に気付いているだろう。
ならば結局、団結は絵空事ではないか。アルフィリースの言葉を否定することは、ポルスカヤにも御子にもできなかった。
続く
次回投稿は、6/10(金)13:00です。