開戦、その37~世界の真実②~
アルフィリースがイメージしたのは、レーヴァンティン。だがその姿は完全ではなく、まるで短剣のようだった。それでもその存在感は、思わずポルスカヤが飛び退くほどだった。
「お前、それ」
「レイヤーが貸してくれたわ。レーヴァンティンそのものが、こうなることを望んでいるそうよ」
「馬鹿な。その剣が自らの意志を人間に伝えるだと? そんなことが――」
「あるみたいね」
アルフィリースは短くそう告げると、意識の中で御子を隔てている格子を斬り飛ばした。ポルスカヤがどれほど力を込めてもびくともしなかった格子は、あっさりと吹き飛びなくなっていた。
レーヴァンティンの炎の余波が、アルフィリースの怒りの表情を照らし出す。おそらくはレーヴァンティン自身が出力を相当押さえているだろうが、それでもなお意識の中ですらこれほどの威力を誇る剣を、改めてポルスカヤは恐ろしく遠巻きに見ていた。
そして格子の向こうに踏み出したアルフィリースは、大声で叫んだ。
「出てきなさい、隠していたことを全て話してもらうわよ! それとも隠れるところがなくなるまで、レーヴァンティンで焼き払いましょうか?」
「・・・あいつ、まだ」
それでもなお出てこようとしない御子に、アルフィリースがレーヴァンティンを振るおうかどうしようか逡巡した。ここは意識の中とはいえ、アルフィリースの一部なのだ。それを焼き払うとなれば、どんな影響が現実に出るかはわからない。
アルフィリースは大きく息を吐くと、それでも振るうべきだと決断してレーヴァンティンを振りかぶった。その時、レーヴァンティンの方がアルフィリースに語り掛けたのだ。
「・・・え、なんて?」
「――おい、まさか。レーヴァンティンが話しかけているのか? お前、それだけの意志があるなら、なぜ大陸を焼き払うなんて真似を――」
「しっ、静かに・・・その番号はいったい。いえ、そうか。そういうことか。あのバイクゼルも、遺跡も、レーヴァンティンも、御子ですら同じなのね。わかったわ」
アルフィリースが頷くと、今度は静かに、そして良く通る声で告げた。
「実験素体1194にして、プロジェクトの遂行者の一人。話をしましょうか。生物の代表としては頼りないかもしれないけど、あなたと語る資格を得たと伝えるわ」
「・・・そう、そこまで知ったの。まさかレーヴァンティンすら知恵を貸すとは。完全に想定を超えたわね。いえ、これこそが本来望まれていたことかもしれないけど、まさか人間が到達するなんて」
奥の闇から、すうと御子が姿を現した。その表情はいつも慈愛に満ちた表情ではなく、ポルスカヤよりも凄絶で、思わずアルフィリースも仰け反るほどだった。
いつもと違う様子の御子に、ポルスカヤも警戒心を露わにした。
「お前――そっちが本性か。いつもの慈愛に満ちた御子様はどこにいったよ」
「慈愛もまた私の本質であることに違いないわ。でもアルフィリースが口にした言葉は、この大陸の人間や生き物が知ってよい事ではないの。オーランゼブルはおろか、古竜や魔人ですら知らないことよ。古竜の長だったダレンロキアにすら教えていないわ」
「全て、知っていたわね? まさかとは思うけど、オーランゼブルに知恵を与えたのはあなた?」
アルフィリースの厳しい詰問に、御子は首を横に振った。
「いいえ、彼はたしかに自力で気付き、今回の計画を立てるに至ったわ。そういう意味では、彼は希望でもあった。だけど、彼の行動は想定されたいくつかのパターンから外れていない。それだけのことよ。残念だけど、彼しかいなかったのだから仕方ないわ。私が人間だったら、きっと『つまらない』と思ったでしょうね」
「つまらない、か――つまり、彼の計画では根本的な解決にはならないと?」
「当然だわ。結局のところは、その場しのぎにしか過ぎない。彼もまたそれを知っていて、それでも次のことを考えるにはいたらなかった。結局、彼は絶望に打ち勝てなかった」
そこまで告げて、御子は長く息を吐いた。まるで人間のような態度だったが、彼女程人間を理解している存在もいないかもしれないとアルフィリースは、今ではわかる。彼女の絶望は、余程自分より深いだろうとも。
「あなたは計画に沿って、この大陸をどうしたかったの?」
「見守り導くことが私の役目、それ以上の介入行為は許可されていないわ。それができたのは遺跡の管理者だけ。彼らの何体かは自力で命令を拒絶し、この大陸の生物に力を貸した。結果として、想定よりも遺跡は早く機能停止したわけだけど。それさえなければ、オーランゼブルもこんな計画は――」
「ちょ、ちょっと待て。話が見えないんだが、お前たちは何を知っている? 私にもわかるように説明しろ!」
ポルスカヤが動揺しながらも怒ったので、アルフィリースと御子は顔を見合わせた。そして同時に、ポルスカヤの方を見た。
「世界の真実の解放のために、か。だけど、オーランゼブルもまた全てを知っていたわけではないでしょう。いえ、想像していることはおおよそ合っているのでしょうけど。私はほとんど真実を知ったということでよいのかしら?」
「これからすり合わせればいいわけど、おそらくはね。そして、そこのポルスカヤもまた知る権利はあるでしょう。私たちは偶然とはいえ、同じ体で出会うに至ったのだから」
「これこそが運命というのかしらね。これもまた誰かの掌の上でないことを祈るわ」
「それはない――とは、言えないかもしれない。私とて、あの日のことは知らないもの。知ることを許可されなかった。本当に何が起きたかを知っている可能性があるのは、あるいはユグドラシルだけなのかもしれない」
「そうか、やはりそうなのね――重い真実だわ。ポル、覚悟はいい? というより、私も重くて抱えきれないから、聞いてほしいんだけど」
アルフィリースの悲しそうな表情を見て、ポルスカヤは腰掛をイメージした。アルフィリースが交渉ではなく、ただ自分を頼ることは初めてのことだ。適当に腰を下ろすところを出現させると、アルフィリースは大人しくそこに座った。ポルスカヤも、御子もそれに倣った。
「アルフィリースがそこまで落ち込むとは――それほどか」
「ええ、まったく考えたことがないわけではなかった。この世には古竜も真竜も魔人も、そして人外の力を持つ古代種も、魔剣もあるのだから。でも、話が大きくなりすぎて正直実感がないの」
「歴代の古代種の長たちも同じことを言っていた。そして彼らは決定的な解決策を打ち出せなかった。それどころか、互いに争うに至ってしまった。愚か者の極みだわ」
「何があった。教えてくれ」
ポルスカヤがアルフィリースの肩を掴んだ。そしてアルフィリースはその手をしっかりと掴んで語った。
「――いくつかの情報と今までの経験、レーヴァンティンの断片的な情報から推測される事実。そしてオーランゼブルの計画と御子の態度から確信したわ。この世界は一度滅びていて、ここが最後の生物の生存場所。そしてここもまた、間もなく失われることが決まっているわ」
アルフィリースの言葉に、さしものポルスカヤも呆然として言葉を失くして崩れるように椅子からずり落ちた。足元が崩れ落ちるような絶望とはこのようなことを指すのかと、ポルスカヤは初めて絶望というものを自覚した。
続く
次回投稿は、6/8(水)13:00です。しばらく核心の暴露が続きますが、感想欄でのネタバレは控えていただけるとありがたいです。イイねや評価はありがたいです。