開戦、その34~二の門前の死闘⑯~
「センサーで探りもした。魔術も使った。虫も忍ばせようとした。単純に人間の間諜や清掃の女官にも様子を探らせた。だけど、どうやっても奥の部屋の様子が探れない」
「女官も入れないの?」
「入れないわ。自分たちで全てやるからって、絶対に入れさせてもらえない。それに、掃除やゴミ出し、食事の片付けまで自分たちでやるのよ。徹底しているわ」
「・・・ゴミや食事は何人分?」
「おおよそ20人分。多少前後しても、きっちりあるそうよ」
「そう」
ローマンズランドに用意してもらった部屋は広いが、20人が同時に生活するとなると、さすがに手狭だ。しかも軍団には少ないながらも女性もいるらしい。その彼らが半年以上を共に暮らすとなると、さすがに息苦しいとは思わないのだろうか。
ますます不気味に思える中、オルロワージュが少し悩んだ様子で口を開く。
「・・・一応、正規の契約書を交わしてはいる。魔術も使って、我々には手を出せないような契約にしている」
「内容は、スウェンドル王の護衛?」
「王族は、全て護衛するように伝えてあるわ」
「そう・・・なら、もう一つ。この王城に、スウェンドル王以外ではどのくらい護衛すべき王族がいるのかしら」
オルロワージュがやや言い澱んだが、彼女はゆっくりと口を開いた。
「第一皇子アウグスト殿下は遠征軍の指揮を執って出撃。第二皇子ブラウガルド殿下はここに残っているけど、第三皇子以下は戦いの前に脱出しているわ。あとは男子で守るべきは、王弟ドニフェスト殿下ですが、彼も遠征軍に同行した。また皇女殿下はアンネクローゼ殿下とウィラニア殿下以外は脱出済みよ」
「他の貴族で、優先して守るべき人はいるかしら?」
「いるけども・・・なぜそのようなことを聞くの?」
「第三層まで抜かれた場合、誰を残して誰を切るか、予め決めておきたいわ。それにはあなたの意見が必要よ、カラミティ。あなたから見て、必要な人間は誰?」
言い方もそうだが、問い詰めるような辛辣な言葉に、思わずオルロワージュも息を飲んだ。明確にしなくてはならないことだとして、ここまで感情を排して聞けるものなのか。オルロワージュですら、ごくりと唾を飲んでから答えた。
「それは、スウェンドル王の補佐として答えるべきかしら。それとも、カラミティとして?」
「できれば両方」
「そう・・・なら王の補佐としては、公爵、侯爵は残したいところね。あとは伯爵、子爵、男爵と、階級順に残す。特別枠として、ハイランダー家かしら」
「ハイランダー家・・・なぜ?」
「三女のミラがスウェンドル王の親衛隊を務めているわ。彼女の功績と任務のせいで、伯爵家である彼らは一等扱いが上がる。扱いとしては、侯爵家と同等よ。それに、末弟のエルリッヒを王城で治療のために保護しているわ。それも含めて、ハイランダー家は特別扱い」
「治療?」
「先天性の肺の病気でね、不意に呼吸がままならなくなるわ。高地の方が負担がかからないみたいだし、私の能力で治療をしている。ようやく歩けるようになったところで、普通に生活するにはあと半年くらいかかりそうね」
「そう」
カラミティが治療をすることにも驚きだが、そういう能力があってもおかしくはないのかと思い直す。そしてルイの家系だとは、カラミティは認識していないのか、知っていても関係がないのか。あえてアルフィリースはそれ以上を問い質さなかった。
「カラミティとしては、どう?」
「・・・正直、王城とスウェンドル王さえ無事なら、あとはどうでもいいわ」
「どうでもいいとは言う割に、気まずそうね?」
「それを人間のあなたが言うかしら? 私にだって情はありますからね。長らく棲んだ王城、それに関係が良好でなくともその場所にいた人間たちに全く愛着がないといえば嘘になるでしょうよ。ええ、そうよ。死なないで済むのなら、死んでほしくないのが本音といえば本音ね」
「そっか」
アルフィリースは納得したかのように、立ち上がって背伸びをした。そしてオルロワージュに提案をする。
「軍団の監視を頼めるかしら?」
「いいわよ。あの者の正体は、私も気になるところだし。少なくとも、変なことをしないように見張るわ。それが互いのためのというもの」
「よし、その言葉を信用するわ」
信用する。その言葉を聞いた時、オルロワージュの胸に去来した痛みと温かさの名前を彼女は知らなかった。
そして、アルフィリースはさらにとんでもないことを質問した。
続く
次回投稿は、6/2(木)14:00です。