加護無き土地、その1~届かないもの~
アルフィリース達は氷原を通過し、遥か背後にピレボスを眺めていた。久しぶりに平野に戻った彼女達は、これからどうするかを話しあう。しばらく行った所には、どうやら街があるようなのだ。
「まずは町に寄らない?」
「確かに食料も水も底をつきかけてますが・・・この周辺は安全なのですか、ミランダ?」
「微妙だね」
ミランダが腕組みして答える。
「ぱっと見だと、この周辺に争いはなさそうだ。だけど、この土地は向う1000km以上に渡って小国の乱立する土地だ。だけど本当に恐ろしいのは民族間、地域間の対立だね。町同士で戦争していることも珍しくない」
「町同士が? なんで?」
アルフィリースにとって、それは常識では考えられないことだった。わざわざ街が戦争する理由もないと思うのだが。
だが長らく旅をするミランダにとっては、こんなことは日常茶飯事だった。
「いいかい、ここいの土地は長らく続いた戦いのせいで荒みきっている。それは田畑がって意味じゃなくて、人の心がってことだ。彼らはいつも何かに苛立っている、怯えている。少しでも気に入らないことがあれば、すぐに争いごとになるのさ。火のついた爆弾の傍に行くようなものだよ」
「それってミランダと大して変わらないじゃ・・・ぐえっ!」
ユーティが何かを言いかけた瞬間、ミランダが笑顔で彼女を握る。
「ユーティ? 何か言った?」
「ギブ・・・ギブ・・・ミランダは本気で力強いから・・・」
放り出されたユーティは、エメラルドの元でぴくぴくしていた。そんな彼女は放っておいて、一行はさらに話を続ける。
「じゃあ街は避けるの? 無理すれば、1000kmくらいエアリーの馬なら一日ちょっとで突っ切れるけど」
「何の障害もなければ、だな。一度でも何かに引っ掛かれば、水も食料も足らないと我は思うぞ?」
「エアリーの言う通りですね。先を急いで途中でこけては何にもなりません。アルフィリース、リーダーの貴女がそう軽率ではいけないと思いますが、どうかしましたか?」
「うーん・・・」
リサの言葉も尤もである。こういう時に、実は一番冷静なのはたいていアルフィリースであった。アルフィリースは決断力もあるし、実際にミランダまでもが呆れるような大胆な決断をすることもあるが、集団を動かす時には基本は慎重に行動する。アルフィリースが大胆な提案をする時は、勝算が何かしらあることが多い。
なのに今回に限っては、アルフィリースの言っていることは何か無理があった。それはリサでなくとも全員が感じていたことである。
「アルフィ、どうしたのさ? なんか今日のアンタ、変だよ?」
「うん・・・やっぱりそうよね? どうしてかな・・・」
ミランダの質問にも、アルフィリースの歯切れは悪い。そのままずっとアルフィリースは浮かない顔をしていたが、彼女がどう考えても他のメンバーが言っていることが正しいのは、彼女にも分かっている。
だが、それとこれとは別の問題なのだ。
その時、リサがぽんと肩を叩く。
「アルフィ、心配事があるならちゃんと吐き出しなさい? 沼地のような事は二度とごめんですからね」
「うん、わかった・・・ありがとう、リサ」
「で。何なのさ、心配って。」
ミランダがアルフィリースの瞳を覗きこむ。アルフィリースはその瞳に恥ずかしそうに答えるのだ。
「うん、大したことはないんだけどね。なんだかこの土地は嫌な雰囲気がするから・・・できればすぐに抜けてしまいたいの」
「嫌な雰囲気?」
全員がそれぞれの顔を見る。こういう時のアルフィリースの勘はリサよりも敏感なので、その言葉に全員が不安そうな顔をする。そうなることがわかっていたからこそアルフィリースも黙っていたのだが、もはやそうも言っていられまい。
「だから、ここに留まるのは最低限の時間にとどめたいわ」
「それほど心配なら、何人かだけで買い出しに行くかい?」
「私が先行しましょうか?」
楓が積極的に手を上げる。最近の楓は、こういう風にちゃんと自己主張をするようになっていた。これは大した進歩だと、アルフィリース達は感心している。やっと楓も仲間として打ち解けた印象だった。
その楓の申し出だが、アルフィリースは首を振った。
「いえ、ここは全員で行きましょう」
「エメラルドもか?」
アルフィリースの一言に、エアリーが疑問を呈する。さすがにエメラルドを同行させるのはまずいのではないかと、誰もが思う。
彼らの意見を至極当然とアルフィリースは理解しつつも、その方が正しいような気がするのだ。
「そうなんだけど・・・皆一緒の方が安全な気がするわ」
その言葉に全員が納得したわけではないが、アルフィリースの言葉に全員が従うことにした。アルフィリースにしろ、その方が良い気がしただけで、確信のようなものは何もない。
「(なぜだろう・・・あの町の近くには行かない方がいい気がする)」
アルフィリースは内心でそう思いつつも、必要に迫られ街に向かって歩みを進めるのだった。
ほどなくして一行は街の中に入る。街は寂れており、大通りのはずなのに人はまばらだった。通りの規模からするとそれなりに賑わっているはずなのだが、良く見れば通りに並ぶ看板はどれも傾いたり、色褪せたりりして、外からでは営業しているかどうかすらわからない。
「寂れた土地だな」
「そうだね。戦場にでもなったのかもしれない」
ミランダがちらりと街を見たのは、壁を打ち壊されたように穴を開けられた建物。良く見ればきれいな建物などどこにもない。
街の名前もわからなかった。看板が街の入り口に立てかけられていたが、削れて既に読めず。ここがなんといいう土地かもわからない。街ゆく人に声をかけようにも、彼らはアルフィリースが声をかけようとすると、そそくさと逃げるのだ。
「これじゃ、どこで買い出しをすればいいのかもわかりゃしない」
「アルフィの言う通り、ここはすぐにでも離れた方がいいかもな。あまり良くない感じがする。風の精霊も声を静めてしまっている」
「アルフィ・・・」
不審がる面々の中、アルフィリースの襟を掴んだのはユーティである。ユーティは姿を見られると面倒くさいかもしれないということで、アルフィリースのローブの中に隠れている。エメラルドもまた羽を器用にたたみ、ゆったりとしたローブを着せ、病人を示す紫の紐を体に二巻きさせることで頭からかぶったローブを違和感なくすように仕向けていた。エメラルドは窮屈そうだったが、アルフィリースが絶対に顔を出すなと強く言ったので、渋々ながらもアルフィリースの言うことを素直に聞いていた。
そんな折、ユーティが不安そうな声をアルフィリースにかける。アルフィリースはユーティの存在を気取られないように、目線を前に向けたまま口を動かす。
「何?」
「アルフィの言う通りだよ、この土地は変だわ・・・精霊の声がちっとも聞こえないの」
「精霊の声が?」
アルフィリースの声が少し大きくなる。
「うん。もしかすると・・・魔術が使えないかも」
「そんな馬鹿な。そんなことあるわけ・・・」
「ありうるよ」
ユーティが彼女にしては珍しく、弱気な声を発する。
「世界にはそういう精霊が忌み嫌う土地があるって、ウィンティアがいつか言っていた。そう言う土地には近寄っちゃいけないって。何の加護も得られないと、そこの土地はいやおうなく荒むんだって。普通は魔獣も寄りつかない無人の荒野になるけど、時にそう言う土地が自然発生した場合、街や国が滅びてもおかしくないみたい」
「そんなことが・・・」
「ここがそうだと?」
リサがユーティの方を見ずに質問する。
「うん、想像だけど」
「なるほど、これはアルフィの勘はやはり侮れませんね。ところで気が付いていますか、皆」
「ええ、もちろん」
「さっきから、ずっと感じているよ」
「見られてるな・・・」
アルフィリース達は街に入って程なくして気がついた。自分達はずっと見られていると。気配を押し殺すように、街の住人が建物のそこかしこから自分達を見ているのだ。10や20ではきかないその視線に、何とも言えない不安を煽られるアルフィリース達だった。
続く
しばらく隔日連載でいこうと思います。また書きためが十分になったら、連日連載に戻します。
感想など待っています。次回投稿は6/9(木)15:00です。