開戦、その32~二の門前の死闘⑭~
「お前、竜狩りのガストか?」
「げ、ロゼッタじゃねぇか。やべぇ、ばれた」
ガイストは強面に似合わぬ声を上げた。どうやら知己のようだ。
「知り合い?」
「ああ、紛争地帯で1、2を争う高ランクの傭兵だ。通称は『竜狩り』。顔の十字傷が特徴で、大剣を使って戦う奴で、一時期つるんでたこともあった」
「つるんでたってか、恋仲だったろ?」
「その恋仲の女をほっぽってどこか行きやがったのは、どこの誰だ? あぁん!?」
ロゼッタがガストの頬をつねり上げたが、ガストは抵抗することなく勘弁してくれとばかりに両手を上げていた。
ロゼッタも気が済んだのか、ガストを離して悪態をつくだけにした。
「てめぇ、なんで姿をくらませた? ってか、ギルドでの二重登録は違反行為だろうが!」
「勘弁しろよロゼッタ。俺はローマンズランドじゃお尋ね者なんだ。ちょいとガストとして有名になり過ぎたせいで、ローマンズランドから討手がかかりそうになった。だから姿をくらまさざるをえなかったんだ」
「そのお尋ね者が、どうして今ローマンズランドに? ガストとガイストなんて、ちょっと安直な気がしないでもないですが」
丁度ここにはイェーガーとガストことガイストしかいない。ガイストは周囲を確かめたが、リサが安全を保障した。
「心配せずとも、我々だけです」
「・・・もう俺もいい年になった。当時のことを覚えている奴は少なくなったろうが、俺はローマンズランドの生まれで、一応は貴族の三男坊だ。当然のごとく、竜騎士団に憧れ所属しようとした。だがそこで俺の特性がわかったんだ」
「まさか、竜狩りってこと?」
「正確には、竜殺しだな」
ガイストは空を見上げた。巡回の竜騎士を見上げる彼の目には、憧憬と羨望の色があった。
「俺の近くにいると竜種は力を失うそうだ。長らくいると病になって、やがては衰弱死することすらある。それを知らなかった俺は、自分の竜を死なせちまった。知っているか、ローマンズランドでは自分の竜を死なせた奴は最大の不名誉として、一生他の騎士に馬鹿にされて過ごすことになる。当然出世もないし、跡取りでもない俺はローマンズランドに居場所を失くして傭兵になった。そこで竜殺しの特性が活きるとは、なってみて初めてわかったことだ。ロゼッタには傭兵になりたての頃、ちょいと世話になった」
「世間知らずのぼっちゃんに、いろはを叩きこんだじゃねぇか」
「お前だって、まだいろいろと甘かったろうが。まぁそりゃあいいんだよ。んで竜を何頭も狩っていると、ちょいとばかり有名になっちまってな。ローマンズランドの竜騎士団には極秘事項も多いし、軍団を抜けようったって、機密を知っていると抜けることもできない。そういう奴らが、陸軍には沢山いる」
「つまり、あなたは機密を知っているから討手が出された?」
「それもあるが、ローマンズランドを出る時に上官とも実家とも揉めてなぁ。穏便な出方じゃなかったってのもある」
ガイストはやや後ろめたそうに鼻をかいた。
「そして討手を避けるように辺境へ、辺境へと向かい、正体がばれなように全身鎧を纏って戦うようにした。ギルドにはいまだにガストで登録しているが、他人にはガイストと名乗って活動しているから違反はしてねぇぜ?」
「そのお尋ね者が、なぜ今更ローマンズランドに? ゼムスとクラウゼルについていけばいいではないですか」
「そうだなぁ、なんでだろうなぁ」
ガイストは懐かしむように、ローマンズランドの殺風景な岩山を見上げた。
「やっぱりここは故郷なんだよな。正直ガキの頃からあまり好きな国じゃなかったし、竜騎士になれなかった時点で何の未練もなかった。傭兵生活は性に合っていて、そこで得た報酬にも名誉にも満足しているし、割と色々な土地を回るのも好きだった。でもなぁ、ローマンズランドが無謀な戦争をして滅びるかもしれないって聞かされた時に、俺はここに残る決断を自然としたんだよ。クラウゼルについて行く気にはならなかった」
「故郷だから?」
アルフィリースの問いかけに、ガイストはやや気まずそうに答えた。
「あー、あんたの事情を俺はある程度知っている。クラウゼルが調べていたからな。あんたにとっちゃ、故郷なんてのは嫌な思い出しかないのかもなぁ」
「・・・そうね」
「だが、それはあんたが若いからだ。年経て、死に場所を求めるようになると考え方が変わることもある。俺はもし戦って死ぬなら、ローマンズランドのためだと思った。
クラウゼルは勝つ気でいる。今まで奴が勝とうとして、勝てない戦はなかったことも知っている。でも今回ばかりは、ほぼ確信に近いが駄目だと思っている。死に場所を探して戦うような奴が、上手くいくはずがない。奴は自覚しながらも、戦いに向かった。奴の自殺に付き合う気はない」
「知っていたの」
「俺も馬鹿じゃない。そして仮にクラウゼルが勝ったとして――それはもうローマンズランドじゃないんだよ。わかるか、この感覚が」
軍属でもなく、故郷すら持たない仲間が多いイェーガーの面子では、ガイストの感覚を理解することは難しかった。困ったような表情をするイェーガーの面子を見て、ガイストはふっと笑った。
「天性の傭兵稼業だな、お前らは。まぁ縛られるだけなら故郷なんざ、ない方がいいかもしれん」
「テメェ、死ぬ気か」
ロゼッタが不満そうに質問したが、ガイストはおどけて返す。
「なんだ、ロゼッタ。寂しいのか?」
「んなわけあるか! 調子に乗るな!」
「簡単にはくたばらんさ。ここには腕利きの傭兵たちが揃っている。それに、ローマンズランド本城へは建国以来誰も攻め込んだことがない。カラミティが放棄するつもりがない限り、ローマンズランドが滅びることはないだろうさ。そうなるようにそこの団長さんも策を練っている。そうだろ?」
「ええ、もちろん」
アルフィリースは即答して見せたが、その背後でリサの表情はやや翳っていた。ガイストが気楽そうにしているのは、ローマンズランドへの信頼なのか、それとも努めてそう振る舞っているのか。
「ま、さすがに心中するつもりはないさ。本当にやばくなったらとんずらするぜ」
「できるのかよ」
「なんとかなるだろ。あ、ちなみにこの道は崩落させるからな。あと半日後には通行止めだ」
「は?」
今しがた軍隊が通行した道を指して、こともなげに言い放つガイスト。さも当然のような表情をしている。
続く
次回投稿は、5/29(日)14:00です。