開戦、その31~二の門前の死闘⑬~
「家系の問題でね。長くとも50歳程度、はやければ30歳代で死ぬことが我が家系の運命です」
「それは・・・薬ではどうにもならないの?」
「なりませんね。ライフリングにも見てもらいましたし、嫌ではありましたがダートにも腹を開けてもらいましたが、既に発症徴候があるそうです。長くて5年で発症し、10年はもたないと言われましたよ。一族の中にはアルネリアに縋った者もいますが、回復魔術でどうにかなるものではありません。生ける死者になってまで生き延びたいとも思いませんし、延命であがくのはやめたのです。
こんな運命を背負っていなければ長く人のために尽くして、偉人として名を残す方法も取れましたが、短期間ではどうあがいても奸雄としての道しか取れない。倒すべき明確で強力な人間の敵もいないこの時代では名を為すのは難しく、何者にもなれずに死ぬのは御免でしてね」
さすがにかけるべき言葉もないアルフィリースを前に、クラウゼルはふっと笑って見せた。
「ですから、愚かにもゼムスに協力しました。ええ、彼も彼の仲間もクズばかりとわかっていますとも。それでも私は何者かになりたかった。私のことをわかってくれとは言いませんが、あなたなら少し理解できると思いましたから、こんなことまで話させていただきました。シェバくらいですよ、ここまで話したのはね」
「・・・安易な肯定はしないわ。でも、一部共感できる部分はある」
「それだけでも十分というものですよ。所詮人間は他人同士、完全にわかりあえることはない。それでも、一部だけでも共感されるというのは嬉しいものです」
クラウゼルの口の端が歪んで吊り上がった。その表情が寂しそうに見えたのは、きっとアルフィリースの見間違いではないだろう。
「それに、理解されるかされないかという点では、あなたの方が余程私よりも大変だ」
「そうかしら? 私には仲間が多いと自負しているのだけど」
「いえ、こればかりは断言してもいい。あなたが世に出て何年経ちました? 今はまだよいでしょう。ですが今の年齢、そしてこれだけの期間で成し遂げた業績を思えば、直に周りはあなたについていけなくなる。私の考えでは、あなたが本気でこの大陸を統一しようと思えば10年はかからないでしょうし、その気になればオリュンパスやアルネリアさえも併合することが可能だ。その方法論を、既にあなたは持っているはずだ。違いますか?」
「・・・さて、どうかしら」
「あなたの才能と好奇心は、やがてあなた自身の孤独を深めるでしょう。コーウェンならばあなたについていくかもしれませんが、彼女もまた歪んだ人間だ。歪まず、望まず、ただあなの傍にいることができる。そんな存在がいることを、心から願っていますよ」
クラウゼルが一礼してアルフィリース告げた言葉に、アルフィリースは複雑な気持ちになった。クラウゼルの態度に嘘はない。だがそんな未来が来るとは、信じられない。今いるこれだけの傭兵団の仲間が、いずれ自分の下から去るのだろうか。あるいは、自分が?
そんな想像は、まだしたことがなかった。クラウゼルの言葉は、棘のようにアルフィリースの心に刺さった。
「・・・心配してくれているのでしょうけど、嫌味にしか聞こえないわ」
「いずれわかります、かつて私もそうだったから。あなたほど才能に溢れていない私ですら、孤独になったのです。ましてあなたが、と考えたところで何ら不思議はない」
「私はそうはならない、決して。たとえなったとしても、絶望したりしない」
「もしそうであれば、あなたの精神性は既に人間を超越している。それが幸か不幸かはわかりませんよ? あなたは自分の人生の終幕について、本気で考えておくべきです。私程度ですら、これほどの戦を起して自死にも近い戦を仕掛けようとしている。もしこれがあなたなら? それこそ世の中を滅ぼしかねないほどの行動を起こすと、自分で思いませんか?」
クラウゼルの言葉にアルフィリースが詰まると、溜飲が下がったようにアルフィリースの肩に軽く手を乗せ、そして去っていった。
残されたアルフィリースは、しばし思いつめた表情でその場に佇んでいた。
「私が世界を滅ぼす・・・? そんなばかな、そんなことがあるはずがない・・・そうよ、そんなこと・・・」
虚無感が漂うアルフィリースの表情は誰にも悟られることがなかったが、同時に彼女の悩みと呟きも、誰にも聞こえることはなかった。
***
クラウゼルはその後、あっさりとローマンズランドを去っていった。
活躍の場の乏しいローマンズランド竜騎士団の7割と、地上部隊の8割を率いて、静かに山間の隠し隘路より静かに姿を消した。そのさい勇者ゼムスは彼に同行したが、重騎士ガイストと、『軍団』はローマンズランドに残り、引き続きスウェンドルの護衛を継続するとのことだった。
クラウゼルは自らの死地を探していた。そしておそらく、彼に死地を与えるのは自分になるとアルフィリースは確信していたが、ゼムスとはまた会うことになる予感があった。
最後の部隊が出立する時、彼らを見送る者たちの中に重騎士ガイストの姿があった。そして最後尾が見えなくなると、普段は寡黙なガイストが盛大にため息をつきながら背伸びをした。
「はぁ~、ようやくいなくなったか」
「まるで喜んでいるような口ぶりね」
「いや、喜んでいるぜ? おかしいか?」
ガイストが面体を上げた。中から出たのは、壮年の白い眉の男。顔面に十字傷があり歴戦の戦士を思わせる風体でありながら、彼は人懐こくアルフィリースたちに話かけた。
「ゼムスは何考えているのかわからん虐殺魔だし、クラウゼルはナルシストで自意識過剰だし、一緒にいて疲れるんだよな」
「じゃあ、どうして一緒にいるんですか」
リサが当然の質問をする。ガイストは首を傾げながら応じた。
「そう、それだ。確かに傭兵の等級が上がった時、たまたま仕事で一緒になったんだ。その時の依頼は結構過酷でな。奴の仲間以外で生き残ったのは、俺だけだった。報酬はおいしくて、名誉もあった。また依頼があれば頼むと奴に告げ、時たま一緒に依頼をこなすようになってからかな。俺も奴の仲間だとみなされるようになったのは」
「じゃあ、あなたは彼の仲間ではないと?」
「おいおい、奴とその仲間の評判を知っているだろ? 誰があんなイカレとつるむかよ」
ガイストは心底辟易した表情をして、アルフィリースたちを驚かせた。ロゼッタがガイストの顔を見て、あ、と声を漏らした。
続く
次回投稿は、5/27(金)14:00です。