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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その30~二の門前の死闘⑫~

「シェーンセレノのことは、はっきり言って詳しく知りません」

「賢人会とやらの仲間じゃないの?」

「そもそも賢人会という名称は、古代に存在した賢人族と呼ばれた人間と同じ姿でありながら、全く違う能力を有した者に近づくための研究会です。生物としての機能は違うとしても、せめて知性を磨いて彼らに近づきたいと考えた、愚か者の集まりですよ。種族が違うのだから、同じものになれるはずがないことなどちょっと考えればわかりそうなものですが。ま、向上心まで否定はしませんがね。

 ともあれ私が参加する遥か前から彼らは存在し、集会は大陸のいろいろな場面で開催されています。中には賢人会を偽った集会もあるでしょうが、シェーンセレノが参加している賢人会の開催には、私も数回しか出席したことがありません。彼女の印象としては、得体が知れない、でしょうか」

「得体が知れない?」

「ええ。抽象的な表現を使うのは信条にもとるのですが、そうとしか言いようがありません」


 クラウゼルは当時のことを思い出しているのだろうか、少々遠い目となった。いつもの自尊に満ち溢れた彼の姿はなりを潜め、どうやら本音を語っているように見える。


「見た目は美しい妙齢の女性。ですが、その本質が全く見えなかった。美しさを誇るでもなく、武器とするわけでもなく、そして謙虚になるわけでもなく。ただそこにあるものとして、何らかの敢然とした目的に向けて動く装置にしか見えなかった」

「たとえば、絡繰人形のように?」

「言い得て妙かもしれませんね。もっとも、今の世の中で認識されている絡繰人形としては、少々高度過ぎるとは思いますが。腹の底で何を考えているのか、あの短い時間では掴めませんでした。ただ彼女の微笑みは慈愛ではなく、我々人間に対する嘲笑にしか思えませんでしたね」

「嘲笑」


 アルフィリースは小さく口の中で繰り返した。嘲笑する者の心境とはいかがなものだろうか。アルフィリースは今まで生きるのに、そして学ぶことに必死で、歴史上の人物が成してきたことも、精霊と語らうことも興味をそそられることでしかない。

 現実に出会う人間たちにもそれぞれの歴史があり、恵まれた者もそうでない者も、尊敬できる者もそうでない者もいるが、それらをあざけろうとは微塵も思ったことがない。なぜなら、自分が恵まれていることに感謝こそすれ、他人をけなす理由になるとは思えないからだ。

 悪意がある他人がいることは理解できても、その悪意そのものを理解できるとは到底思えない。たとえば、消せないほどの強い怒りを抱いているとして、それを同じように感じることはできないのだ。

 クラウゼルはそんなアルフィリースを興味深そうに観察し、そして彼にも珍しく優しく微笑んだ。


「あなたは、良き人との出会いを経てきたようだ。本来の性格も、いわゆる善人なのでしょう。でありながら、苛烈な決断を厭わないだけの覚悟も持っている」

「かもしれないわ」

「私の目指す先とは違いますが、稀有な人だ。できれば、対立はしたくないものですね。それに、ゼムスの魅了も効いていないようだし」


 クラウゼルが唐突に述べた言葉に、アルフィリースは困った顔をした。


「・・・どうしてそう思うの?」

「ゼムスの機嫌がいいからですよ。控えめに言って、私が知り合ってから最高に機嫌がいい。こんな閉鎖空間にありながら、まだ誰も被害を受けていませんからね。ゼムスは我儘でね。魅了の特性を持っているくせに、魅了される女性には興味を示さないのです。世の中のどんな美姫も、時間さえかければ意のままにできるのに。贅沢なことです」

「魅了の特性――魔術での対策はできないと?」

「ある程度までですね。シェバやダートがいた頃はまだ何らかの対策を講じることができましたが、彼らがいなくなった今となっては、彼と接する時間を減らすことだけが対策でしょう。それがわかっているから、ゼムスはあまり他人と接しません。魅了の特性で暴走した人間が何をするかわかりませんからね。魅了の特性は必ずしも本人にとって良い方向に働くとは限らないのです。ある意味では、ゼムスは英雄でもありながら、もっとも孤独な男です。その彼があなたにあれだけ興味を示し、なおかつあれだけの時間を共にしながら正気を保っているのが信じられない」


 クラウゼルは心から驚いたように語った。何か言おうにも、アルフィリースが驚いているので何も言えなかった。


「で、彼のことをどう思います? 正直あなたのお仲間は心配しているようですが」

「・・・孤独なのはわかったわ。あまり人間と接したことがないことも。そして思ったよりも、悪い人だとは思わなかった。やってきたことがどうかは知らないけど」

「なるほど。ではあなたは親近感を抱いたと?」

「いえ、まるで逆だわ。私たちは決して相容れない対極の存在だわ。だからこそ互いを正確に理解することができるかもしれない。でも、共に歩んでいくことはないでしょう」


 きっぱりと言い切ったアルフィリースの表情を見て、クラウゼルはこれ以上何も言うことはないと感じたのか、小さく頷いただけだった。


「あえて孤独を選びますか。一生理解者がいないとしても?」

「人生が長いことと、これからの出会いに期待するわ」

「あなたはまだ若いですものね、変化に期待できる」

「あなただって、そこまでの年齢には見えないわ」

「こう見えて、腑の病でして」


 腹をさするクラウゼルの表情は、どこか達観しているようにも見えた。最初胡散臭そうにクラウゼルを観察したアルフィリースだったが、どうやら本当のようだ。



続く

次回投稿は、5/25(水)14:00です。

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